東北大学と日本原子力研究開発機構(JAEA)の両者は8月22日、電子スピンが渦巻状に並んだキラル反強磁性体「Mn3Sn」をナノメートルサイズに微細化することで、「電流印加によるスピン構造のコヒーレント回転」という反強磁性体特有の現象を超高速かつ自在に制御し、強磁性体を凌駕する0.1ナノ秒(ns)という時間スケールでの高効率な書き込み動作を実現したと共同で発表した。
同成果は、東北大 材料科学高等研究所の竹内祐太朗特任助教(現・物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究センター 研究員)、東北大 学際科学フロンティア研究所の山根結太准教授、東北大 電気通信研究所の深見俊輔教授、JAEA 先端基礎研究センターの家田淳一グループリーダーらの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「Science」に掲載された。
スピン半導体の動作速度を向上させる新発見
強磁性体を用いたデバイスにおいて、ナノ秒以下の時間で情報の書き込みを行うには、必要な電流が大幅に増加するという課題があった。このため、さらなる高速化と低消費電力化の観点から、反強磁性体が注目されるようになってきた。
反強磁性体は、並んだ原子のスピンが打ち消し合うように配列するため、マクロでは磁力が消失する。この性質から、長らく工学的な利用の可能性は限定的と考えられてきた。しかし近年になり、いくつかの点で強磁性体と類似した性質を示すことが判明したため、注目を集めている。とはいえ、強磁性体よりも優位性があるという実証はこれまでなされていなかった。そこで研究チームは今回、その反強磁性体の優位性の実証を試みたという。
今回の研究には、マンガン(Mn)とスズ(Sn)の合金であるキラル反強磁性体Mn3Snが用いられた。研究チームは、独自開発した微細加工技術でMn3Snをナノメートルスケールの素子に加工して試料を作製。そこに最短0.1nsまでの超短パルス電流を印加し、Mn3Sn内部のスピン構造を高速制御する実験が行われた。その結果、印加電流のパルス幅と振幅に応じて、スピン構造を0.5回転、1回転、1.5回転、2回転……と自在に制御できることが確認された。これは電流によるキラル反強磁性体のコヒーレント回転のダイナミクスを反映したものである。
次に、その制御特性の再現性が検証され、無磁場下で0.1nsのパルス電流による1000回の高速連続書き込みが確認された。さらに、書き込み電流とパルス幅の関係も調べた結果、従来の強磁性体と比較して、サブナノ秒領域での書き込み電流の増大が極めて抑制されることも明らかにされたとした。
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キラル反強磁性体ナノドットのホール抵抗とパルス電流印加回数の関係。外部磁場がない状態で1000回のパルス電流の印加に対し、エラーゼロという再現性の高い電気的制御に成功した(出所:東北大プレスリリースPDF)
反強磁性体の強磁性体との質的な違いは、専門的には以下のように説明される。通常の強磁性体中では、原子のスピンの向きが一方向に揃っている。このスピン秩序は向きを指定することで記述でき、マクロに観測できる磁化(磁力の源)に対応する。一方、反強磁性体では、スピンは原子スケールで打ち消し合うように向きを周期的に変える特徴的な秩序を示すため、マクロな磁化は消失する。このような反強磁性体特有のスピン秩序を記述するには、原子個々のスピンではなく、周期中に含まれる複数のスピンをひとかたまりとして扱う必要がある。
Mn3Snでは、スピン秩序のひとかたまりに3つのスピンが含まれる。この時、反強磁性体のスピン秩序は、その内部に含まれる3つのスピン間の相互作用を内部エネルギーとして蓄えることが可能で、スピン秩序の運動に伴うこの内部エネルギーの上昇が、スピン秩序に実効的な「慣性質量」を与える。つまり、反強磁性秩序の運動は、質点力学と同様の運動方程式で記述される。これは、強磁性体の磁化の運動が、剛体回転に対するトルク方程式(コマの歳差運動)で表されるのと対照的である。
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古典力学の運動と、強磁性体・反強磁性体のスピン秩序の反転ダイナミクスの類似性。回転するコマ(剛体)は歳差運動を示す。強磁性体でも空間内の歳差運動に束縛された反転過程によって、メモリとしての0と1の情報の書きこみが行われる。反強磁性体では、複数のスピンをひとかたまりの反強磁性秩序として見ると実効的な質量が現れるため、質点力学と同様の慣性運動が示される。外力(ここでは電流)を加えると、強磁性体とは異なり、反強磁性秩序は平面内の回転運動が起こる。そのため、強磁性体を上回る高速・低電力の両立が可能となる(出所:東北大プレスリリースPDF)
研究チームは、こうした反強磁性秩序の慣性運動の観点から、パルス電流が引き起こすスピン緩和トルクが、有効的な「摩擦力(回転速度を下げる抵抗力)」として働くことを発見した。これにより、反強磁性体の普遍的な性質として、電流によるスピン制御の高速性と高効率性が導かれることを解明。この新しい基本原理は、今後の反強磁性体の材料開発における重要な指針を確立するものとした。
現在、不揮発性磁気抵抗メモリ(MRAM)には強磁性体が利用されているが、今回の研究により、それを反強磁性体に置き換えることによる大幅な性能向上の可能性が明らかにされた。同時に、反強磁性体の電流誘起高速ダイナミクスが解明されたことで、不揮発性メモリにとどまらず、周波数可変な発振器などの新概念デバイスの実現も期待されるとしている。


