【政界】関税交渉は「国際的爆弾ゲーム」の様相 国内は減税の大合唱で綱渡りが続く石破政権

「トランプ関税」が世界を揺るがし、その影響で国内では首相の石破茂を引きずり下ろす動きがほぼ絶えた。とはいえそれが政権の安泰を示すものではない。気まぐれなトランプの逆鱗に触れぬよう、石破政権は中国の故事「韓信の股くぐり」の姿勢で関税交渉に臨む。参院選を控えた国内では中小政党だけでなく、自民と立憲の二大政党内部でも消費税減税を求める動きが露骨になってきた。減税派と財政規律派の間の綱渡りをしつつ、「股くぐり」もこなす実力を示すことが石破政権に求められている。

バズった「はえーし」

「はえーし」

 経済再生担当相の赤沢亮正がこんなセリフを発する場面がSNSでバズった。赤沢は4月17日に米国でトランプとの会談と、財務長官ベッセントらとの関税交渉に臨んだ。結果を記者団に説明する前に、赤沢が事務方に「お茶かなんかある?」と声をかけたところ、近くの官僚がすかさず「はい」とペットボトルを手渡した。「お茶」と赤沢が発音した瞬間に飲料が差し出され、その早さに感嘆した赤沢が発したのが「はえーし」だ。ネットでは「お茶を出した人の『しごでき』(仕事ができる)感がすごい」「赤沢さんのツッコミも早い」と面白がる反応が相次いだ。

 それより話題になったのは、トランプの印象を問われた赤沢の言葉だ。「直接話してくださり本当に感謝している」「器の大きさというか、温かさというか、配慮は非常に強く感じた」「(自分は)格下も格下」。ネットでは「へりくだりすぎだ」「トランプ相手ならしょうがない」といったコメントが交錯した。

 一連の赤沢の言動は興味深い。まず、飲料を巡るやりとり。週刊誌で指摘される赤沢のパワハラ体質を反映している。赤沢が飲料を求めると予測し、飲料だけを持った官僚がすぐ近くに控えていたこと自体が、こういった「サービス」を部下に求めるタイプの上司であることを示唆している。

 そのパワハラ体質の赤沢が見せた過剰なへりくだりが、より興味深い。ホワイトハウスが公表した写真では、トランプのスローガン「MAGA(米国を再び偉大に)」をあしらった赤い帽子をかぶった赤沢の姿が写っていた。帰国後の参院予算委員会で野党は「トランプ支持者のシンボルを日本の閣僚がかぶるのは極めて政治的な意味がある」と批判した。

 赤沢は淡々と反論した。「プレゼント交換の中で帽子をもらった時に、かぶってみせるのは普通にあることだと思う。政治的なメッセージがあるとは捉えていない」。ちなみに赤沢がトランプに贈ったのは、大阪・関西万博のマスコット「ミャクミャク」の貯金箱。色はトランプ好みの金色だった。

「操縦術」を岸田が解説

「とにかく虎の尾を踏まない」。赤沢の姿勢は日本政府の方針そのものだ。それは4月20日付の日本経済新聞での前首相・岸田文雄のインタビューから読み取れる。政府を離れた気楽さで岸田があけすけに語る内容に、政府の苦心が透けて見える。

 曰く「向こうに理念はなく、得か損かしかない」。曰く「理屈ではなく、トランプの心に響くかどうかだ」。曰く「米国に説教するバカ正直なことはやってはならない」。

 赤沢訪米時の唐突なトランプの「出陣」に政府は仰天していた。日本時間4月17日午前6時からの閣僚交渉の10時間ほど前の日本時間16日午後7時過ぎに、トランプがSNSで交渉に「出席する」と投稿した。閣僚に米大統領が対応するのは極めて異例だ。

 赤沢が交渉の担当閣僚に指名されたのは、石破の最側近であることが最大の理由。日本を代表して本格的な対外折衝に臨むのは今回が初めてで、「赤沢大臣には荷が重い」との国民民主党代表・玉木雄一郎の指摘に少なくない政府・与党関係者が内心では同調していた。

 そこへのトランプ出陣だ。16日夜の永田町・霞ケ関には「赤沢で大丈夫なのか」との声がこだましていた。その脳裏にあったのは、トランプにカメラの前で辱められたウクライナ大統領・ゼレンスキーの姿だ。

 石破はトランプの投稿時は既に都内のホテルで会食していたが、公邸に戻ると官房長官の林芳正や外務省幹部が参集。投宿先の赤沢とも電話をつないだ「トランプ対策」の協議は午後10時過ぎから1時間半に及んだ。そこで繰り返し確認されたのが、岸田があけすけに語ったトランプ操縦術だ。

 赤沢―トランプ会談を見守る永田町霞ケ関の面々の表情はまさに「固唾をのむ」ものだった。まず、カメラを入れたやりとりがなかったことへの安堵が広がった。直後のトランプの投稿は「大きな進展(グレートプログレス)があった」。東京の政府関係者に情報は少なく、記者につきまとわれた省庁幹部が「グレートプログレス」と連呼して煙に巻く姿も。

 その後の閣僚級協議を経て確認されたのは結局、「今回は論点を整理して協議を継続する」という程度のことだった。石破は「次につながる協議が行われたと評価している」と記者団に語った。

 政府関係者はこう明かす。「彼ら(米側)は『何ができるのか』と聞いてきた。こちらが『何をしてほしいのか』と聞き返したら彼らは答えられなかった」。日本側は、トランプの思いつきに翻弄されているのは米側の実務者も同じ、ということに勝機があると見る。

 トランプの寵を争う宮廷政治がホワイトハウスで展開される中、キーマンを通じて日本側の情報をトランプに注入し、合意に至ろうということだ。

「股くぐり」の覚悟

「石破の最側近」との評価しかなかった赤沢は、訪米を「無難にやり過ごした」という一点で評価が高まりつつある。だが油断は禁物だ。

 トランプと外国政府の一連の折衝は爆弾ゲームにほかならない。「膨らみ続ける風船を持っている間にクイズに答えて次の人に渡すことを繰り返し、風船が破裂した時に持っていた人が負け」という、テレビでよく見る余興だ。

 トランプの歓心を買う話題を示して機嫌を取って時間を稼ぎ、「次の国」に風船を渡す。そんな振る舞いが求められる。ゼレンスキーの悲哀を見た各国政府がこの認識で交渉に当たる。

 とはいえ交渉は決着しなければならない。日本には「24%」と示された相互関税の発動は90日間先送りされた。米ドル、米長期債利回り、米株の「トリプル安」に見舞われたためだ。米国にとってもトランプ関税は厳しく、「セルフ経済制裁」とも揶揄される。日本政府からは「円高は『ウィン』の一つ。関税がかかっても為替で相殺されるのでは」との冗談も漏れる。

 90日間が終了する7月上旬は、米側は独立記念日(7月4日)、日本側は参院選公示(7月3日見通し)という大きな節目が重なる。米側は数週間での早期合意を目指すが、日本側はカードを小出しにして国益を確保したい。発動取りやめや再延期についてトランプの「機嫌」を分析しながらの交渉となる。

 政府関係者は「『韓信の股くぐり』のようなもの」と話す。韓信は中国の王朝・前漢を興した高祖劉邦を支えた三傑と呼ばれる重臣の一人。股くぐりは「史記」にある若き韓信の逸話だ。フラフラと生活していた韓信が町の若者に「お前は背が高くて剣を持っているが臆病だ。違うなら俺を刺してみろ。できないなら俺の股をくぐれ」と絡まれた際に、黙って四つん這いで股をくぐった、との内容だ。

 大志を抱く者が目前の恥を耐えねばならない場面の故事として知られる。自由貿易や法の支配といった普遍的価値の意義をトランプに直接示すことを封印し、「損得を説くべきだ」と前首相が現首相に指南する日本の姿に重なる。

「朝貢外交」と批判

 そんな姿を「朝貢外交」と断じたのが元首相の野田佳彦。立憲民主党代表として臨んだ4月23日の党首討論で、石破にこう迫った。「MAGAの帽子を(赤沢が)かぶって喜んでいる様子は一線を越えている」。

 そして1995年に橋本龍太郎通産相が米通商代表部代表のカンターと交渉した際の情景を引き合いに出した。「橋本大臣が竹刀をカンターさんに持たせて、切っ先を自分の喉元に当てた。『立ち向かっていくぞ』という国益をかけた気迫を感じた。あのキャップをまんまとかぶらされたこと自体、多くの国が注目しているときに朝貢外交やっているように見えてしまった」。

 石破の答えは滋味深い。「橋本さんらしい闘志の表れだった。私もよく覚えています」とした上で、「今それをやることが本当に良いだろうかということ。国益全体で考えたときに赤沢大臣として、可能な限りの対応をしたと私は思っております」。現職首相は岸田のようにあけすけに話せない。トランプに「気迫」は通じないと言外に答弁してみせた。

 石破に高説を説いた野田の足下も危うい。立憲党内では元代表代行・江田憲司が消費減税を参院選で掲げるよう求めてうごめく。一方の野田は民主党政権で消費増税の「3党合意」を成し遂げたことを生涯の誇りとし、苦々しくその動きを眺める。国民民主党は一律5%への引き下げを主張し、公明党内でも食品への軽減税率引き下げを求める声が強まる。他の野党も消費減税の大合唱だ。参院選を今夏に控える参院自民党内でも「せめて軽減税率の低減を」との声が強まる。

 とはいえ自民と立憲の二大政党では財政規律派も健在だ。特に自民は幹事長の森山裕が財務副大臣、財務政務官経験者として財務省を代弁する。森山に頼り切る石破は減税論に安易には乗れない。石破は国内外で「綱渡り」と「股くぐり」を求められている。

 韓信は「背水の陣」の語源となった戦いを指揮した将軍だ。圧倒的な敵を前に、あえて河を背に布陣して自軍の死力を引き出して時間を稼ぎ、その間に別働隊が要所を攻め落とすことで相手の動揺を誘って撤退させた。

 トランプの「股くぐり」を演じる石破を巡る国内外の情勢は、まさに「背水の陣」で対応せざるを得ない。雌伏して「覇業に貢献する」大望を実現した韓信の故事に倣えるか。石破の実力と覚悟が問われている。

(敬称略)

【政界】「石破おろし」はやんでも経済の先行きは混沌 「トランプ関税」に翻弄される石破政権