米商務省は2024年11月、CHIPS and Science Act(CHIPS法)に基づき、8日付でガラス・レンズメーカーであるCorningに3200万ドル、SiCパワーモジュールメーカーの米Powerexに300万ドル、13日付で半導体チップのダイヤモンドクーリングシステムメーカーの米Akash Systemsに1820万ドルの3社に補助金支給に向けた拘束力のない暫定的思え書きを締結した。商務省によるデュ―デリジェンスでの精査を経た後に正式に補助金が支給される見通し。CHIPS法による米国内における半導体製造増強予算は上限額に迫ってきており、支給額はますます少額になっている。

Corningへの政府直接投資(補助金)は、ニューヨーク州カントンにある同社の既存製造施設の拡張を支援するもの。Powerexへの投資は、ペンシルベニア州ヤングウッドにある同社のバックエンド生産施設の近代化と拡張を支援するもの。そしてAkash Systemsへの投資はカリフォルニア州ウェストオークランドにある既存の建物内に4万平方フィートのクリーンルームスペースを建設し、半導体製造施設に改造することを支援するものとなっている。

この資金提供により、CorningはHPFSフューズドシリカ(高純度フューズドシリカ、HPFS)とEXTREME ULEガラス(超低膨張ガラス)の生産を増やし、カントンでの新技術製造プロセスを拡大する予定である。HFPSおよびULE材料は、最先端の半導体の製造に重要な深紫外線(DUV)および極端紫外線(EUV)露光装置とフォトマスクの主要コンポーネントであり、この新技術は、より低い炭素排出量でEUVのパフォーマンスを向上させるのに役立ち、米国でこれらの重要なコンポーネントの安定した国内供給を可能にし、リソグラフィサプライチェーンにおける米国の技術リーダーシップを促進するのに役立つと商務省は説明している。

また、Powerexは今回の300万ドルの補助金を含め、ヤングウッドにあるPowerexの生産施設の近代化と拡張に合計1500万ドルを投資することになる。この施設は、F-35などの重要な防衛用途、および商業および産業用途向けの半導体パワーモジュールをパッケージ化しており、提供される資金などを活用する形で、主要設備の近代化が進められ、その結果、生産能力はほぼ2倍に増強される見込みである。

そしてAkash Systemsへの補助金は、同社の総額1億2100万ドルの投資を支援するもので、通信や防衛産業基盤などの重要な最終市場に役立つ半導体技術の開発における知的財産と経験を活用するとともに、400人以上の直接製造および建設の雇用を創出するものとなるという。具体的には、同社がさまざまなダイヤモンド冷却基板、デバイス、システムを大規模に製造するのを支援することになる。合成ダイヤモンド基板とGaNなどの化合物半導体材料を統合するAkash独自の専門知識に根ざしたダイヤモンド冷却技術を利用することで、厳しい環境でも高性能を維持することが求められる半導体の熱性能を向上させることができるという。Akashが先駆けて実用化したこの技術は、半導体デバイスの放熱を改善することが示されており、マイクロエレクトロニクスシステムのパフォーマンスと信頼性を強化するものとなっている。商務省では、Akashがダイヤモンド材料の専門知識を活用して革新的なGPU冷却技術を立ち上げることは、AIデータセンターの熱管理改善を推進することにつながると、その支給の意義を説明している。

残る焦点はSamsunとMicronへの巨額補助金の支給時期

CHIPS法による米国内半導体製造増強のための補助金予算は総額390億ドル(5年分)であり、このうち10億ドル以上の大口受給することになっている半導体メーカーは、下表に示した6社である。この6社のうち、GlobalFoundries(GF)、TSMC、Intelへの補助金支給がすでに最終決定済みで、残るはSamsung Electronics、Micron Technology、Texas Instruments(TI)の3社となっている。

  • 主要半導体メーカーに対する10億ドル以上のCHIPS補助金支給案件

    主要半導体メーカーに対する10億ドル以上のCHIPS補助金支給案件。補助金支給に関する暫定的覚書締結日順に記載。「未定」は、この表を作成した2024年11月24日時点で、補助金支給が最終決定されていないため。注:Intelは最終的に78億500万ドルへと支給額が減額されている (米国商務省資料を基に著者作成)

Intelは、経営的に苦境に立っていることもあり、新工場への投資に向けて政府からの補助金支給を期待していた中、11月26日に内定額からはやや減額される形で需給が決定した。現在、同社は世界中で1万6500人もの社員のリストラを実施しているが、CHIPS法による補助金支給の条件に「雇用創出(多数の雇用を創出できない企業には補助金支給を支給しない)」、「利益計画(赤字体質の企業には補助金支給しない)」が含まれており、これらの件で商務省とIntelが長く協議していた模様である。この協議の指揮を執ったであろう同社のPat Gelsinger CEOは12月に入って取締役を辞任する形で同社を退職したことが正式に発表されたこともあり、今後の経営に混乱が生じることが予想される。

Samsungも、米国政府の補助金支給の最終決定がなかなかなされないことから、建設を進めてきたテキサス州テイラーの新設工場の稼働を2026年に延期している。2025年1月に新たな大統領に就任する予定のドナルド・トランプ氏は、「外国製半導体の米国への輸入に高関税をかければ、海外半導体メーカーはおのずと米国内で製造せざるを得なくなるので、無駄な税金(CHIPS法による補助金)は無用」とCHIPS法に否定的な見解を述べており、内定段階の補助金であっても最終的に支給されないことが懸念されている。

そうした事情もあり、現在のバイデン政権はSamsungをはじめとする未だ補助金の支給が最終決定に至っていない約20社への支給決定を、トランプ氏の大統領就任前までに行うべく、商務省に手続きを急ぐよう指示している模様である。一度、補助金支給が最終決定され、拘束力のある契約書を取り交わすと、大統領の権限であっても個別の支給を取り消すことができないという。

先端パッケージング研究開発に総額3億ドルを投資か?

このほか、商務省は米国半導体業界の半導体研究コンソーシアムである「Semiconductor Research Corporation(SRC)」は、半導体製造の効率化を目指す研究を行う「SMART USA(Semiconductor Manufacturing and Advanced Research with Twins USA)」を設立・運営に向けて、CHIPS法に基づき、2億8500万ドルを提供する交渉を開始したことを11月19日付で発表している。総額10億ドルの資金を必要とするこの投資は、デジタルツインを活用した開発、検証などを通じて、米国内の半導体設計、製造、高度なパッケージング、組み立て、テストプロセスを改善する取り組みに重点が置かれることとなり、米国の製造競争力を高め、堅牢な研究開発インフラストラクチャを促進するために設計された17の研究所の既存のネットワークに加わることとなる。SRCは、ノースカロライナ州の大学との数十年にわたる関係を含め、ノースカロライナ州の研究エコシステムの重要な部分となるという。

また、商務省は、米国半導体産業に不可欠な最先端技術の開発を加速するため、ジョージア州、カリフォルニア州、アリゾナ州の先進パッケージング研究プロジェクトにCHIPS法に基づく研究支援予算の中から最大3億ドルを投資する交渉に入ることも発表している。投資先として予定されているのは、ジョージア州のAbsolics(アブソリックス)、カリフォルニア州のApplied Materials(AMAT)、アリゾナ州のアリゾナ州立大学の3者。Absolicsは、ガラス材料および基板分野で最大1億ドルの資金提供を受ける企業として認められており、学術機関、大企業、中小企業、非営利団体など30を超えるパートナーと提携して最先端の機能を開発することで、ガラスコア基板パネル製造に革命を起こすことを目指している。基板および材料の高度な研究と技術(SMART)パッケージングプログラムを通じて、ガラスコアパッケージングエコシステムの構築を目指すほか、このプログラムの開発に加えて、技術系大学、HBCU CHIPSネットワーク、退役軍人プログラムにトレーニング、インターンシップ、認定資格の機会を提供することで、教育と人材開発の取り組みを支援する予定であり、これらの取り組みを通じて、現在のガラスコア基板パネル技術を進歩させ、将来の大量生産能力への投資を支援するとしている。

AMATでは、精鋭10人で構成されたチームが、次世代の高度なパッケージングと3D異種統合のための革新的なシリコンコア基板技術の開発と拡張に取り組んでいる。このシリコンコア基板技術は、高度なパッケージングにおける米国のリーダーシップを前進させ、米国で次世代のエネルギー効率の高い人工知能 (AI)と高性能コンピューティング(HPC)システムを開発および構築するためのエコシステムを促進する可能性を秘めている。さらに同社の教育および人材開発計画は、米国の州立大学と半導体業界間のトレーニングとインターンシップのパイプラインを強化するように設計されている。

同社は、CHIPS法の補助金申請を行っていたが、最終的にその申請は却下されているが、この半導体研究強化のための取り組みには補助金が支給される見込みである。

アリゾナ州立大(ASU)は、ファンアウト・ウェハレベル・プロセッシング(FOWLP)による次世代マイクロエレクトロニクスパッケージングの開発をリードしてきた大学として知られている。この取り組みの中心となるのは、「ASU先進エレクトロニクスおよびフォトニクスコア施設」である。ここでは、研究者が300mmウェハレベルおよび600mmパネルレベルの製造の商業的実現可能性を研究しているが、10を超えるパートナーチームは、マイクロエレクトロニクス製造の地域拠点を中心としており、大企業、中小企業、大学、専門学校、非営利団体で構成されている。

なお、このチームは、材料、装置、チップレット設計、電子設計自動化、製造の業界リーダーを擁し、米国全土に広がっており、ASUでは、先進的なパッケージングおよび人材開発プログラムを半導体工場やメーカーと結び付ける相互接続ファウンドリを設立することになっている。