東京工業大学(東工大)と分子科学研究所(分子研)の両者は6月5日、低次元超伝導体「グラフェン-カルシウム化合物」の原子構造を調べることで、支持基板である炭化ケイ素(SiC)との界面でカルシウム金属層が形成されることを発見したと発表した。

同成果は、東工大 理学院 物理学系の一ノ倉聖助教、同・德田啓大学院生(研究当時)、同・平原徹教授、同・豊田雅之助教(研究当時)、同・斎藤晋名誉教授、分子研の田中清尚准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンス/テクノロジーに関する全般を扱う学術誌「ACS Nano」に掲載された。

量子コンピュータを実現するための方式は複数ある中、最も研究開発が進んでいるのが超伝導方式で、すでに実用化されている。ただし現在はまだ小規模なレベルに留まっており、今後はその性能を、量子コンピュータとして求められているレベルに到達させるため、大規模化を実現すべく集積化が進められていくことになる。将来的には、ナノスケールの超伝導体を用いた素子が実用化されていくとも予想されている。

素子の微細化への要請に対し、電子材料分野で注目されているのが低次元物質だ。同物質の中で最も単純な構造を持ち、化学的に安定なのが、炭素原子が1層の厚みで蜂の巣格子状に結合した2次元物質のグラフェンである。柔軟性、光学的透明性、電子移動度に優れた同物質を母材として適切な化合物を合成することで、柔軟性や透明性を有する優れた2次元超伝導体を作り出すことができると考えられるという。

そうした考えのもと、2016年に東京大学(東大)と東北大学の共同研究チームが開発したのが、グラフェンとカルシウムの合成による2層グラフェンの超伝導体だ。その当時は合成方法として、リチウムからカルシウムへの置き換えを行う「元素置換法」が取られていたとのこと。東工大と東大の共同チームが、その元素置換の過程を調べたところ、最終的な組成ではカルシウムが支配的になることが示唆されていた。ただしこの時、不純物としてリチウムが残留している可能性を排除できず、原子構造と超伝導特性の関係性を正確に解明することができずにいたという。そこで研究チームは今回、新たに純粋なグラフェン-カルシウム化合物を合成する手法を開発し、またその化合物を詳細に調べたとする。

今回の研究では、真空中において高い流量のカルシウム蒸気を2層グラフェンに吹き付けることで化合物を合成。さらに、合成過程を光電子分光法より解明することに成功したとする。その結果、カルシウムが高密度になると、2層グラフェンの間だけでなく、支持基板であるSiCとの界面にもカルシウムが侵入することが確認されたとした。

  • (左)界面カルシウムが超伝導転移温度に与える影響。(右)原子構造の模式図

    (左)界面カルシウムが超伝導転移温度に与える影響。(右)原子構造の模式図(出所:東工大プレスリリースPDF)

次に、電子回折法により原子構造が調べられたところ、界面のカルシウムはSiC表面の原子と整合した配列が示されており、いわゆる「エピタキシャル成長」を起こして金属層を形成していることが判明。そして、この金属層の形成前後の超伝導特性を比較した結果、形成によって超伝導転移温度が上昇していることがわかったとのことだ。

また、角度分解光電子分光法と第一原理計算を用いて、転移温度上昇の背景にある物理的機構も調査。すると転移温度上昇には、金属層によって生じる現象の「ファン・ホーベ特異性」(物質中で、多数の電子が特定のエネルギー状態に集中する特殊な現象)が寄与していることが確かめられたとしている。

研究チームによると、今回の結果は2次元超伝導体の開発に重要な知見をもたらすとのこと。3次元の超伝導体を薄くして2次元化すると、多くの場合転移温度が低下してしまうのに対し、今回の研究のように支持基板との界面構造まで制御すれば、転移温度の低下を防ぐことができ、ひいては将来的に転移温度向上へとつなげることが期待されるとする。

グラフェン-カルシウム化合物は、ありふれた元素から構成される低次元物質であるため、低コストで微細な超伝導素子を生成でき、量子コンピュータの集積化と普及に貢献できるという。量子コンピュータにより複雑系の大規模・高速な計算が可能になると、カーボンニュートラルへ向けたエネルギー循環の最適化が実現するほか、原子・分子反応の直接シミュレーションにより触媒開発・創薬の効率が劇的に向上することなども期待される。

研究チームは今後、さらに微細な超伝導体を実現するため、カーボンナノチューブやフラーレンのような1次元・0次元のクラスター状物質の超伝導化に取り組んでいくとする。また炭素だけでなく、水素やホウ素(ボロン)などの他の軽元素も用いることで転移温度を大きく上昇させ、温度変化に耐性のある量子コンピュータの実現へとつなげていくとしている。