産業技術総合研究所(産総研)、横浜国立大学、東北大学、NECの4者は6月4日、多数の量子ビットを制御可能な超伝導回路を提案し、回路動作の原理実証に成功したことを発表した。
同成果は、産総研 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センターの竹内尚輝主任研究員、横浜国立大の吉川信行教授、同・山栄大樹特任教員(助教)(研究当時)、東北大の山下太郎教授、NECの山本剛主席研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の量子情報に関する学術誌「npj Quantum Information」に掲載された。
量子コンピュータを実現する手法としては現在、さまざまなモノが考案されているが、その中でも超伝導素子を用いた方式が集積回路プロセスと相性が良いとされている。しかし、実用レベルの性能を実現するためには、膨大な数の量子ビットを冷凍機中の極低温下に集積する必要があり、その数は100万個以上ともいわれており、その量子ビットの制御方法をどのようなものにするべきかが重要な課題となっている。
既存の制御方法は、冷凍機内の極低温下の量子ビット1つ1つに対し、冷凍機外の室温下で生成されたマイクロ波(3~30GHzの電磁波)信号を照射するというものだが、この場合、量子ビット数の増加に比例して、室温と極低温間のケーブル数が増加することとなる。しかし、熱流入やスペースの観点から冷凍機内に実装できるケーブル数には上限があるため、この制御方法では、最大量子ビット数は1000個程度に制限されてしまうという課題があり、量子ビット制御に向けたマイクロ波伝送経路の密度を高める回路技術が必要とされていた。
産総研は、次世代コンピュータや検出器の実現に向けて、超伝導デジタル/アナログ集積回路の開発を進めてきており、今回の研究では、超伝導集積回路の優れたエネルギー効率やマイクロ波技術との高い親和性に着目し、量子ビット制御超伝導回路の開発に取り組むことにしたという。
提案された量子ビット制御超伝導回路は、量子ビットと同じく極低温下に置かれ、「超伝導共振器」(特定の周波数で発振する回路)と、今回提案された「超伝導ミキサ」(2つの入力信号を掛け合わせた信号を出力する回路)によって構成される。室温からは、複数のマイクロ波(f1、f2、f3)が多重化された信号(多重化マイクロ波)と、パルス信号生成のためのベースバンド信号が入力される。多重化マイクロ波は超伝導共振器によって分離され、超伝導ミキサが各マイクロ波とベースバンド信号からパルス状のマイクロ波信号を生成。これらの結果、1つのマイクロ波入力(多重化マイクロ波)から、複数の量子ビット制御用マイクロ波信号(マイクロ波1~3)を出力することが可能となるという。
また、原理的には、室温と極低温をつなぐケーブルは、量子ビット数によらず多重化マイクロ波とベースバンド信号の2本だけで済むという。ただし、現実には超伝導共振器の損失によって多重化できるマイクロ波の数が制限されるため、1本のケーブルで制御可能な量子ビット数は、最大で数千個程度になると見積もられるとしている。
また、超伝導ミキサ1と同2から、マイクロ波1(4.5GHz)と同2(5GHz)を制御信号1と同2によって個別にオン/オフ制御でき、任意の量子ビットにマイクロ波を照射することを可能とした場合のシミュレーション波形から、回路の消費電力を調べたところ、1量子ビット当たり81.8pWと見積もられたとする。
実際に、今回提案された超伝導共振器と超伝導ミキサによって構成される量子ビット制御超伝導回路を産総研の超伝導集積回路プロセスを用いて作製され、極低温環境下で原理実証実験が行われたところ、量子ビット制御に必要な基本的なマイクロ波操作が実証されたとのことで、研究チームでは、今回考案した回路が、大規模超伝導量子コンピュータを実現するための基盤技術になることが期待されると説明している。
なお、研究チームは今後、今回の回路と量子ビットの統合テストを行っていくことで量子ビット制御の実証を目指すとしているほか、量子計算で必要とされるすべての量子ゲートを実行できるよう、回路のさらなる高機能化を進めるとしている。