京都大学(京大)と理化学研究所(理研)は5月16日、準粒子「エニオン」の動き方に制限がかかる新しいタイプを系統的に記述する理論的枠組みを構築することに成功したことを共同で発表した。
同成果は、京大 基礎物理学研究所(基研)の戎弘実研究員、理研 数理創造プログラムの本多正純上級研究員、基研の中西泰一大学院生(理研 大学院生リサーチ・アソシエイト兼任)の共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する物理とその関連分野を扱う学際的な学術誌「Physical Review Research」に掲載された。
標準気圧下では水は0℃以下になると氷に、また100℃以上になると水蒸気になる。同じH2Oという物質ではあるが、氷・水・水蒸気はそれぞれ特性に違いがあり、「相が異なる」と表現される。相の変化は温度変化に伴うものが最もわかりやすく、氷のような固体は固相、水のような液体は液相、水蒸気のような気体は気相と呼ばれる(さらに超高温で原子の原子核と電子がバラバラになるプラズマもその3つとはまた異なる相である)。他にもさまざまな相があることが知られており、たとえば金属やガラス、絶縁体なども相の一種だ。このように、どのような相が存在するのか(相の分類)、およびそれぞれの相はどのようにして実現されるのかといったことを理解することは、物理学における重要な課題の1つとされている。
そして現代的な相の分類において重要なのが、分数電荷を持つ準粒子であるエニオンの存在だ(その存在は実験で確かめられている)。同準粒子は、相を分類する際に革新的な意義を持ち、従来の相分類の枠組みにない新奇な相である「トポロジカル秩序」の導入の先駆的な役割を担ってきたとする。
従来の分類では、局所的な秩序を調べることにより、相の特徴づけが行われてきた。それに対し、エニオンが存在するトポロジカル秩序では、局所的な秩序が存在しないため、トポロジーにより相を調べる必要がある。なおトポロジーとは、数学の一分野から始まって今では物理などでもその考えが採用されており、よく「コーヒーカップとドーナツはどちらも穴が1つなので、連続的に変形させられることから同一と見なせる」として知られている。
また、エニオンは量子コンピュータの実現においても、重要な役割を担っていると考えられており、そうしたことから、同準粒子のさらなる理解が、物理学における重要な課題の1つになっているのである。
そして近年になって理論的に提案されたのが、「フラクトン・トポロジカル相」と呼ばれる新奇なトポロジカル秩序。この相ではエニオンが存在するが、その動き方に制限がかかるなど、今まで見られなかった特徴がある。しかも、これまで知られているトポロジーの理論を使っても説明できないため、とても注目を集めているという。そこで研究チームは今回、動き方に制限がかかる新しい種類のエニオンを系統的に記述する理論的枠組みを作ることを目標に、研究を進めることにしたとする。
今回の研究では、物性理論と素粒子理論の分野で使われる手法が組み合わされた。具体的には、層に沿って適切な「量子もつれ」を導入し、大域的対称性を局所的なものへ変換するプロセス「ゲージ化」を考えることで、新奇な物質の相が構成されたのである。そして、このような物理系におけるエニオンの統計性を調べることで、導入された量子もつれによってエニオンが対を形成する双極子構造が存在することが証明されたとした。
得られたエニオン双極子はある方向にしか動けないといった、動き方に制限がかかることが判明し、これを元に新しいフラクトン・トポロジカル相が作られることが示されたという。今回得られた成果は、同相の理解に新たな知見を与えると共に、量子情報の保存といった、量子コンピュータへの応用問題などにも貢献していく意義も持つことが考えられるとしている。
また、今回の研究対象であるエニオン双極子が現れる物理系を量子情報の観点からも詳しく調べることで、量子コンピュータのより有効的な設計の探索にも貢献することが期待されるとしている。