日本IBMでは3月中旬に米国ニューヨーク州においてIBM Reseachの拠点を巡る、日本メディア向けのプレスツアーを開催した。本稿では2日目に訪れたAlbany Nanotech Complexにおける、General Manager of IBM Semiconductors division, Vice President of Hybrid Cloud researchのMukesh Khare(ムケシュ・カレ)氏の話を紹介する。

  • 「Albany Nanotech Complex」の外観

    「Albany Nanotech Complex」の外観

Albany Nanotech ComplexにおけるIBMの役割

Khare氏は、同施設における2nmプロセス半導体の量産技術開発に向けてラピダスとIBMが進めているIBM側のプロジェクト責任者も務め、2021年にIBMが2nmプロセスを用いた半導体チップの開発にも寄与している。

  • General Manager of IBM Semiconductors division, Vice President of Hybrid Cloud researchのMukesh Khare(ムケシュ・カレ)氏

    General Manager of IBM Semiconductors division, Vice President of Hybrid Cloud researchのMukesh Khare(ムケシュ・カレ)氏

Albany Nanotech Complexは、米国最大かつ最先端の300mm半導体研究開発施設だ。Rapidus(ラピダス)やApplied Materials(AMAT)、韓国のSamsung Electronics(サムスン)、東京エレクトロン(TEL)、SCREEN、JSR、ニューヨーク州立大学(SUNY)など、米国内外の半導体関連企業が参画している。

IBMやTEL、AMATなどが同施設の中心的なアンカーパートナーであり、商業的な利益につなげるIBMはこの施設に数十億ドルを投資しているほか、エコシステムを拡大して新たなパートナーを招き入れることも重要ではあるものの、商業的に深い関心を持つテナント企業をアンカーにすることも、成功には欠かせないという。

敷地内には、研究開発のために5つのファブがあり、今後はさらに1棟の建設を予定。Khare氏は「この20年間でIBMとニューヨーク州、日本企業や韓国企業をはじめとしたパートナーと総額150億ドル以上を投資しています。多くの半導体エコシステムパートナーとともに、社会の利益と企業の利益、そして学術機関の利益のために技術を共同開発しています」と話す。

  • 今後、増設するファブの建設予定地

    今後、増設するファブの建設予定地

同施設では、2011年に業界初のEUVリソグラフィ、2015年に7nmの半導体技術を初めて発表したほか、2018年にはApplied Materialsが大規模な投資を発表し、2021年には2nmプロセス半導体技術の発表も行われている。

そして、2022年にはラピダスとロジック・スケーリング技術の発展に向けた共同開発パートナーシップを締結。現在は、2nmプロセスの製造技術の開発に向けて共同プロジェクトを行っており、いわば世界における半導体の最先端をひた走っている施設と言っても過言ではないだろう。

同氏は「IBMとニューヨーク州が共同でファブを管理し、エコシステムパートナーと協力しながら、ビジネスに貴重な知的財産を創出できるようにします。そして収益を生み出し、継続的な成長のためにこの施設に再投資しているのです」と説明している。

IBMの半導体研究

Khare氏によると、IBMの半導体は「Logic Technology(ロジックテクノロジー)」「Chiplet & Adv Packing(チップレット&次世代パッキング)」「Design & Enablement on cloud(クラウド上のデザインと有効化)」「Intelligent Fab(インテリジェントファブ)」の4つの分野にフォーカスしているという。

同氏は「ロジックテクノロジーはIBMのシステムビジネスにとって最も重要な領域であり、またチップレットと先進的なパッケージング技術に取り組んできました。これらは、半導体の研究開発の未来です。デザインと有効化に向けた努力は、チップの設計方法、そしてクラウド上での設計です。なぜなら、それがデザインの未来だからです。そして最後に、ファブ自体に自動化、生産性向上、持続可能性のためAI技術を適用します」と述べている。

続けて、Khare氏は半導体関連の成果について「私たちはここで14nm、7nmのテクノロジーを生み出しました。当社のテクノロジーモデルは、製造パートナーと共同でテクノロジーを創造することです。現在、メインフレームの『IBM Z』向けに生産されている7nmのテクノロジーは、ここでサムスンと共同開発しました。そして、サムスンは当社のシステムに製品を提供してくれる製造パートナーです。2nmのテクノロジーは現在、サムスンで量産に向けて開発しており、ラピダスもそれとは別に進めています」と述べた。

  • 2nmウェハ

    2nmウェハ

このような取り組みのもと、2021年に発表した2nm半導体は7nmと比較して45%優れたパフォーマンス、消費電力は75%減の性能を持つとされている。シリコン層の厚さはDNA分子2~3個分、1つのチップ上に1000億以上のトランジスタがあるという。現在は2nmを超えるために積層トランジスタ、チップレット技術、高NA EUV露光装置などの技術を研究している。

また、IBMにおける半導体のパッケージングは、米国の国境から至近の距離に位置するカナダ・ブロモンにパッケージ工場を持ち、Albany Nanotech Complexで先端パッケージングの研究開発、IBM Researchの本部であるYorktown Heightsでは先端パッケージングの研究ラインが稼働している。

同氏は「カナダ、Albany Nanotech Complex、Yorktown HeightsをAdvanced packaging corridor(先端パッケージング回廊)と位置付けています。パッケージング技術は、まずYorktown Heightsで研究し、スケールさせるためにAlbany Nanotech Complexに渡され、ブロモンで製造されます」と説く。

ラピダスとの協業による課題とは?

Albany Nanotech Complexでは半導体の研究開発において、20年間のパートナーシップを持つサムスンのエンジニアと1nmを超えた技術を研究し、ラピダスとは100人以上のエンジニアとともに価値のある2nmのファウンドリ技術を創出している。

ラピダスでは、北海道千歳市で昨年9月から2nmプロセス以下のロジック半導体の製造に向けた、半導体工場(IIM:Integrated Innovation for Manufacturing)の建設を進めており、2025年4月からパイロットラインを稼働させるほか、2027年に量産開始を予定。

また、先日公開した、Rapidus(ラピダス) Reseach Fellow 福崎勇三氏のインタビューで同氏は「IBMの2nmプロセスに関する技術をベースに、製造に使えるような技術の網羅性に取り組んでいる」と述べている。

  • 取材後にはクリーンルームツアーが行われた。内部に鎮座するEUV露光装置

    取材後にはクリーンルームツアーが行われた。内部に鎮座するEUV露光装置

Khare氏は「ラピダスのファブは急速に進歩しており、私たちがこの施設で開発している技術を受け入れる準備が整いつつあります。ラピダスのエンジニアの育成も行っており、非常に困難なスケジュールではあるものの、2027年の量産開始に向けて順調に進んでいます」との見立てだ。

また、同氏は「ラピダスのエンジニアは、IBMのエンジニアと肩を並べて仕事をし、学び、そして貢献しています。ラピダスとのすべての活動は、2nmプロセスの技術開発に関するものです。ラピダスのエンジニアは、IBMのエンジニアと肩を並べて仕事をし、ともに学んでいます。数人のIBMのエンジニアは、実際に北海道まで同行し、技術の育成をサポートする予定です」と述べている。

  • IBMやインテル、TSMC、サムスンなどで450mmのウェハの技術を開発した。ビジネス的にも財政的にも非常に高価なため量産化はされていない

    IBMやインテル、TSMC、サムスンなどで450mmのウェハの技術を開発した。ビジネス的にも財政的にも非常に高価なため量産化はされていない

ただ、今後に向けての課題もあるようだ。その点についてKhare氏は以下のように説明している。

「1つ目はラピダスの製造技術が競合他社に負けないものであること。つまり、技術面で非常にアグレッシブになる必要があります。競争力のある技術を開発しなければなりません。そして、2つ目は歩留まりについてです。ここはR&D施設であり、大量生産タイプの歩留まりを達成することはできないため、歩留まりをどのように向上させるかなどをラピダスと共同で行う必要があります。歩留まりは商業的には高くなければなりません。したがって、まずは非常に競争力のある技術を開発する必要があるのです。これら2つは、われわれのパートナーシップにおいて非常に難しい課題です」(Khare氏)

今回のメディアツアーを通じて感じたことは、IBMの基礎研究に対する“熱量”の高さだ。こうした日々の研究の積み重ねで新しいテクノロジーが開発され、そのテクノロジーを活用することで私たちの生活が支えられているのだろう。今後も、IBMの基礎研究における熱量の高さ、そして成果に期待したいところだ。