岡山大学は12月21日、文明開化のころに欧米から導入されたビール大麦が、日本の高温・多湿の過酷な環境に適応できるよう品種改良が行われた結果、日本のビール大麦は東アジア在来大麦の耐病性遺伝子を取り込みながら、150年ほどの短期間で日本向けに姿を変えたという品種改良の歴史が、遺伝子の解析から明らかになったことを発表した。

同成果は、岡山大 資源植物科学研究所の武田真教授らの研究チームによるもの。詳細は、日本育種学会が刊行する公式欧文学術誌「Breeding Science」に掲載された。

世の中にはさまざまなアルコール飲料があるが、その中でビールは少なくとも日本では最も多くの人に飲まれているうちの1つだろう。しかしそのビールに対しても、地球温暖化が影を落としているという。気温・気候の変化が、日本の大麦の生産に悪影響を与えつつあるというのだ。そのため、日本のビール大麦の生産者およびビール会社は、多収・良質な醸造用新品種の開発を待望しているとする。

日本のビール大麦は、文明開化ごろのおよそ150年前に導入されたばかりで、いわば新参者である。それまで日本の大麦は、約2000年前の弥生時代に朝鮮半島や中国を経由して伝来した「六条大麦」のみで、それらはビールの濁りを引き起こすタンパク質含量が高く醸造原料には適さないため、主に食用に使われてきた。

日本のビール大麦の品種改良は、欧米からビール大麦品種の「ゴールデンメロン」などを導入することでスタートした。しかし、梅雨のある日本の高温・多湿の厳しい環境や土壌中のウイルスで感染が広まる「大麦縞萎縮病」に対して、欧米のビール大麦は耐性がなかったため、品種改良は困難を極めたという。そこで研究チームは今回、現在の日本で最高峰といわれるビール大麦2品種「スカイゴールデン」と「サチホゴールデン」の違いを、遺伝子部分に注目して比較したとする。

  • 日本の優良ビール大麦2品種(中央の穂が平たい「二条大麦」系のスカイゴールデンとサチホゴールデン)の若い穂

    日本の優良ビール大麦2品種(中央の穂が平たい「二条大麦」系のスカイゴールデンとサチホゴールデン)の若い穂。スカイゴールデンは、岡山大学の地元である岡山県で生産量が多い(岡山県はビール大麦の生産量で全国4位)、土壌伝染するウイルス病(大麦縞萎縮病)に対する抵抗性遺伝子を提供した在来品種(左右の両端)。共に六条大麦系でビールの醸造には適さない(出所:岡山大プレスリリースPDF)

日本のビール大麦の最も重要な病害である大麦縞萎縮病は、農薬防除が現実的でなく、抵抗性遺伝子の利用が唯一の解決法だ。今回、種子で発現する遺伝子群を大量に解析した結果、東アジアの在来品種からウイルス病抵抗性遺伝子を取り込みながら、日本のビール大麦が高い品質と収量を兼ね備えるまでに改良が進められた過程が明らかにされた。

  • 大麦縞萎縮病に感染すると春先に葉がモザイク状になり、黄色く枯れ上がる

    大麦縞萎縮病に感染すると春先に葉がモザイク状になり、黄色く枯れ上がる。収量や品質が大きく低下してしまう(出所:岡山大プレスリリースPDF)

また、抵抗性遺伝子を在来品種から導入する際、醸造に悪影響を及ぼす遺伝子も一緒に導入され、育種家は劣悪な遺伝子を長い年月をかけて交配と選抜で取り除く必要があったという。この醸造に悪影響を与える遺伝子を切り離す工夫がされたことも、遺伝子解析から判明したとのことだ。

今回の成果から、ウイルス病抵抗性遺伝子を取り込むことにより日本のビール大麦の品質や収量が改良されたことがわかった一方、同じウイルス病抵抗性遺伝子を広く利用すると、変異型ウイルスが発生する危険性が高まる。研究チームでは、今回の研究が、ウイルス病抵抗性遺伝子を複数組み合わせて持続的な利用を可能にする育種戦略を考案するための一助となればと考えているとする。

また今回得られた研究成果は、日本のビール大麦を世界水準で高品質化するための指針となることが考えられるとした上で、生産者とビール会社にとって、理想の新品種の開発につながる知見が得られたとしている。