東北大学は11月29日、一次元鎖ヨウ素(I)架橋白金(Pt)錯体中において、カウンターアニオンにアルキル鎖を複数導入することで、これまでニッケル以外では実現されていなかった一次元鎖三価錯体として「一次元白金三価錯体」の実現に成功したことを発表した。
同成果は、東北大大学院 理学研究科 化学専攻の熊谷翔平博士(現・東京工業大学 特任准教授)、同・山下正廣名誉教授、同・高石慎也准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する化学全般を扱う学術誌「Chemical Communications」に掲載された。
一次元鎖ニッケル三価(NiIII)錯体では巨大三次非線形光学応答が見出されていることから、平均原子価状態を有する一次元鎖ハロゲン架橋金属錯体の光学材料などへの応用が期待されている。しかし、ニッケル以外の一次元鎖ハロゲン架橋金属錯体では、一次元鎖白金錯体の白金二価(PtII)/白金四価(PtII)ように、大半の場合は混合原子価状態を有する。この電子状態の違いは、一次元構造の「パイエルス不安定性」(格子点が一次元的に等間隔に並ぶ場合、隣り合う格子点がペアを作り不均化することで電子系のエネルギー安定化を図ろうとすること)と、金属原子上の電子間反発力との競合に起因していることがわかっている。
光学材料などへの応用の観点から、一次元鎖ハロゲン架橋白金三価(PtIII)錯体の発見が期待されているが、今のところ未発見である。そこで研究チームは今回、カウンターアニオンに炭素鎖長が10以上となるアルキル鎖を取り入れた一次元鎖ヨウ素架橋白金錯体「[Pt(en)2I](Asp-Cn)2・H2O」の合成を試みたという(nはアルキル鎖の炭素鎖長)。なおカウンターアニオンとは、物質の主たる構成要素が正電荷を持つ場合に、物質全体で電荷を中性にするために取り込まれる陰イオン(アニオン)を指す。
研究チームによると、アルキル鎖間に働く引力の「ファスナー効果」(アルキル鎖が結晶中で密な充填構造を取ろうとすることで、それに付随してアルキル鎖が結合する部位も本来より密に集合する化学圧力効果)には、一次元鎖を圧縮する効果が知られており、パイエルス不安定性を抑制することで、白金の価数を操れる可能性が期待されたとのこと。今回合成された[Pt(en)2I](Asp-Cn)2・H2Oは、白金とヨウ素が交互に結合した一次元鎖構造を有し、その周囲はアルキル鎖を有するカウンターアニオン「Asp-Cn」に取り囲まれており、それによって生じる化学圧力が一次元鎖構造に波及すると考えられるという。
一般に、一次元鎖ハロゲン架橋金属錯体の電子状態の推定には単結晶X線構造解析が用いられるが、アルキル鎖長が伸びるにつれ結晶構造解析は困難となるため、研究チームは赤外分光法に着目したという。白金イオンを取り囲む「エチレンジアミン配位子」は、その周囲と「N-H…O」の水素結合を形成しており、N-H対称伸縮モードの振動エネルギーは白金イオンの価数に依存する。そのため、赤外分光法によりN-H対称伸縮モードの分裂の有無を調べることで、PtII/PtIV混合原子価錯体とPtIII平均原子価錯体との区別が可能と考察したとする。
[Pt(en)2I](Asp-C10)2・H2Oでは、絶対温度260K(約-13℃)でブロードながら2本のN-H対称伸縮モードが確認された。5K(約-268℃)まで降温しても、スペクトルがシャープになる一方で、2本のピーク構造に変化は見られなかったという。2本のピークは、それぞれPtIIおよびPtIV周りのN-H対称伸縮と考えられるため、同化合物は同条件下では常に混合原子価状態と考えられるとしている。
その一方で、アルキル鎖を伸ばした[Pt(en)2I](Asp-C14)2・H2Oでは、室温付近(300K)では先ほどと同様に2本のブロードなピーク構造が見られたが、低温では1本のN-H対称伸縮に収束する様子が確認されたという。このことから研究チームは、[Pt(en)2I](Asp-C14)2・H2Oは、低温でPtIII平均原子価錯体となったといえるとした。同様の挙動は[Pt(en)2I](Asp-C13)2・H2Oでも見られたことから、n≥13である[Pt(en)2I](Asp-Cn)2・H2Oにおいて、遂に一次元鎖白金三価錯体の実現に成功したとする。
研究チームによると、一次元鎖NiIII錯体で知られるように、今回見つかった一次元鎖PtIII錯体は、巨大三次非線形光学(強い光が物質中に入射された際、光と物質との相互作用により光学特性が変化する現象)材料、光スイッチ、高速光通信材料としての応用が期待されるという。また、これまでにない物性を秘めている可能性もあり、今後さらなる物性研究への展開が期待されるとしている。