名古屋大学(名大)は9月29日、廃棄バイオマスの1つである「リグノスルホン酸塩」を温和な条件下で電気分解して、陽極でメタノールを、陰極で水素を生成する手法を開発したことを発表した。
同成果は、名大大学院 環境学研究科の日比野高士教授、同・ジンチェンコ・アナトーリ准教授を中心に、SOKENの研究者も加わった共同研究チームによるもの。詳細は、触媒の環境に対する応用に関する全般を扱う学術誌「Applied Catalysis B: Environmental」に掲載された。
リグニンは、植物中で多糖であるセルロース、ヘミセルロースと強く結合した物質だ。リグノスルホン酸は、木材などから製紙用パルプを製造する際に、亜硫酸法を用いて分離・単離されたリグニン誘導体(工業リグニン)である。昨今はカーボンニュートラルな資源を開拓する目的で、このリグノスルホン酸塩から付加価値製品の合成に関する研究が世界中で行われている。
リグノスルホン酸の合成プロセスは、熱反応と触媒反応の2つに大別されるが、それらの反応系は高温・高圧な条件やその後の分離・回収工程を必要としており、エネルギー消費や運転コストの面での改善が強く求められていた。
そうした課題を解決するため、温和な条件下でリグニンを改質できる電気化学反応プロセスの研究が進められている。今回の研究では、リグノスルホン酸塩に10重量%程度の「メトキシ基」(-OCH3で表される置換基)が含まれていることが着目された。そして75℃・大気圧・低電圧という条件で、メトキシ基を陽極酸化してメタノールを抽出することを試みると同時に、水素を陰極還元によって合成することにも挑んだとする。
今回は、陽極が酸性溶液にさらされ、電位も酸化的に掛かることから、耐酸性・耐酸化性金属である白金が使用され、その表面積を稼ぐため、スパッタリング法によって白金が電解質膜表面に蒸着された。一方、陰極には数nmサイズの白金粒子を含浸した炭素電極が用いられた。
そして研究チームは、試験的にリグノスルホン酸塩(10mg)をさまざまな反応温度や陽極電位で電気分解し、陽極からのガス状生成物の観察を行った。すると、電位が高くなるにつれてメタノール、ジメチルエーテル(DME)、二酸化炭素(CO2)、酸素の順に生成され、さらにメタノールは75℃、DMEは100℃、CO2は150℃、酸素は50℃で最も高い生成速度が得られたとする。これらの結果から、メタノール抽出に最適な温度と電位が、75℃・+0.57Vと決定された。
さらに、少量の酸素ガスを開回路状態の陽極に供給しても、メタノールはほとんど生成されないことがわかった。研究チームによるとこれは、陽極で水の電気分解によって発生した酸素ガスが、リグノスルホン酸塩をメタノールに酸化したわけではないことを意味するという。そしてもう1つの重要な結果として、陽極でリグノスルホン酸塩からメタノールが抽出されている最中に、陰極では水素が生成されていることも確認された。
続いて、リグノスルホン酸塩の重量を変えて電気分解を長時間行い、各実験で抽出されるメタノール量の測定が実施された。同じ時間の抽出特性を比較すると、リグノスルホン酸塩の重量が多いほど、メタノール生成速度と電流効率が時間後半まで高く維持されることが判明した。なお、どのリグノスルホン酸塩量でも、電流効率が最大で90%もしくはそれ以上の値を示したという。
また各実験で抽出されたメタノール量を合計したところ、これらの値は電気分解前のリグノスルホン酸塩中に含まれるメトキシ基量に対して、3mgで42%、7mgで38%、10mgで43%、14mgで42%を占めていた。つまり、メトキシ基からメタノールへの収率は平均すると42%だったとしている。
以上のように、リグノスルホン酸塩からメタノールを抽出するには、陽極で何らかの酸化剤が作られていることが推測される。ただし陽極の白金は、反応前後で分光学的な変化は見られなかったとする。そこで、陽極の酸性溶液にリグノスルホン酸塩の代わりにメチルバイオレット色素を入れ、電気分解条件にセットしたところ、溶液の色が薄くなると共に、その紫外線可視領域の吸光度が減少する傾向が示されたという。
メチルバイオレットはヒドロキシラジカル(・OH)と反応して無色になる性質を有し、酸素ガスよりも強い酸化力を持つ。これらのことから研究チームは、その反応機構として、電気分解中に溶液内の水分が・OHに酸化され、これがリグニン分子を攻撃してメトキシ基を脱メチル化して、メタノールを生成したものと推測されると結論付けている。
研究チームによると、今回開発された手法は、熱・触媒酸化に比べて電解酸化では、「反応が低温・低圧で進行する」、「酸化剤は陽極で生成する」、「電力は再生可能なエネルギー源から供給できる」、「副産物として陰極で水素が生成する」という4点で、リグニンの高付加価値化を成し遂げる有望な選択肢になるという。またそれらに加えて、従来法では食品やプラスチック原料用の芳香族化合物の生産に焦点が当てられてきた一方で、今回の手法ではメタノールと水素の合成を通じてC1化学の新たな道を開くことが期待されるとしている。