理化学研究所(理研)、京都大学(京大)、大阪大学(阪大)の3者は10月20日、クォーク4個から成る純粋テトラクォークの「Tcc状態」の性質を理論的に解明したことを共同で発表した。

同成果は、理研 数理創造プログラムの土井琢身専任研究員、同・初田哲男プログラムディレクター、同・リュー・ヤン研修生(研究当時)、京大 基礎物理学研究所の青木慎也教授、阪大 感染症総合教育研究拠点の池田陽一教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

  • 純粋テトラクォークのTccのイメージ

    純粋テトラクォークのTccのイメージ(出所:阪大 CiDER Webサイト)

クォークは単体では存在せず、2個(各種中間子)か、3個(陽子や中性子など)が集まって複合粒子を形成する。しかし、4個(テトラクォーク)や5個(ペンタクォーク)など、4個以上の組み合わせが存在するのかどうかはこれまでのところ不明だった。

そうした中で、2022年に欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突加速器(LHC)を用いた「LHCb実験」において発見されたのが、チャーム2個に加え反アップと反ダウン1個ずつという合計4個のクォークからなり、初の純粋テトラクォークと考えられる「Tcc状態」(Tはテトラ、cはチャームを表す)だ。

なお研究チームはLHCb実験に先立つ2014年に、Tccについて「格子量子色力学(格子QCD)」手法を用いた大規模数値計算で、Tccを構成する粒子間に強い引力が働くことを予言していた。しかし、当時は計算機の性能不足から現実世界のシミュレーションは困難であり、実際にTccが存在するのかどうかは未解明だった。

そこで今回は、Tccがチャーム1個と反アップもしくは反ダウン1個からなる「D中間子」と、チャーム1個と反ダウン(もしくは反アップ)1個からなる「D*中間子」の状態に分割できることに着目。両中間子間に働く力を格子QCDで計算することにしたという。

格子QCD計算は、クォークがない状態でQCDがどのような性質を持つかを計算する過程の(1)と、その状態に(Tccに対応する4個の)クォークを付け加えた場合にどのような現象が起きるのかを計算する過程の(2)からなる。(1)については、スーパーコンピュータ「京」により計算済みだ。

(2)については、スーパーコンピュータ「富岳」により計算が可能になったという。これにより、これまで不可能だった「ほぼ現実世界」に対応する状況(π中間子質量146MeV)でのTccシミュレーションを実施することができたとした。

  • 富岳で計算されたDとD*の両中間子間に働く引力

    富岳で計算されたDとD*の両中間子間に働く引力。クォークの運動を記述するQCDをスパコンで解くことによって、両中間子間に引力が働くことが突き止められた。距離が遠い領域では、2つのπ中間子がDとD*の両中間子間を飛び交うことで、引力をもたらしているという(出所:京大プレスリリースPDF)

その結果、DとD*の両中間子間には互いに引力が働くことが判明。特に、距離が遠い時には2つのπ中間子がDとD*の両中間子間を飛び交って引力が働くことも解明された。陽子と中性子間では、距離が遠い時には1つのπ中間子が飛び交って引力が働き、束縛状態が構成されることが湯川博士の理論で知られているが、今回の結果は湯川理論の新たな拡張ともいえるとした。

大規模数値計算で得られた引力を基にDとD*の両中間子がどのように振る舞うのかが計算された。すると、両中間子が仮想的に結合するバーチャル状態が作られることが導き出された。

  • 格子QCD計算で得られたTcc状態を結び付ける引力の強さ

    格子QCD計算で得られたTcc状態を結び付ける引力の強さ(出所:京大プレスリリースPDF)

さらに、「ほぼ現実世界」(π中間子質量146MeV)の計算結果を基に、「現実世界そのもの」(π中間子質量135MeV)でどうなるのかが近似的に計算された。するとDとD*の両中間子は、バーチャル状態から真に結合した束縛状態へと変化することが確認され、これはTccと対応することが考えられるという。また、得られたDとD*の両中間子間に働く引力に基づいて、加速器実験においてTccが生成される頻度が理論的に計算された。するとLHCbの実験データと非常に近い結果が得られたとする。

  • 加速器実験においてTcc状態が生成される頻度

    加速器実験においてTcc状態が生成される頻度(出所:京大プレスリリースPDF)

以上の結果により、TccはDとD*の両中間子が互いの引力によりぎりぎり束縛する、あたかも分子的な状態として存在していることが解明され、純粋テトラクォークのTccの性質が解明されたとした。また今回の成果は、新奇なハドロンをQCDに基づいて統一的に解明する第一歩となるものとした。

今後は、「現実世界そのもの」の状況で近似ではなく、格子QCD計算を行うことが重要となるという。すでに富岳による計算が進められており今後の成果が期待されるとする。

また今回用いられた手法は汎用的なものだという。チャームを含む状態に加えて、より重いボトムを含む状態についての研究も進めることにより、クォーク4個、5個、6個……、といったさまざまな状態における新粒子の探索を進めていく予定とした。それにより、クォークはどのように組み合わさり、どのような状態が物質として存在し得るのかという謎に対し、素粒子理論に基づく根源的な解明が進むものと考えているとしている。