高エネルギー加速器研究機構(KEK)とJ-PARCセンターの両者は8月18日、米・フェルミ国立加速器研究所(FNAL)が10日に発表した「ミューオンg-2(異常磁気能率)実験」の結果について、報道機関向けにその解説を行った。

同サロンには、KEK素粒子原子核研究所(IPNS)の三部勉教授、同・石川明正准教授が出席し、ミューオンg-2実験の解説、日本が中心となりJ-PARCで行われる国際共同実験の「ミューオンg-2/EDM」(三部教授が代表)の解説、そして関連実験としてKEKで実施中の大型国際共同実験の「Belle II」について解説が行われた。

ミューオンg-2実験は、欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)に代表される高エネルギー実験と並び、素粒子の標準理論を超えた“新たな物理”の探索を行うアプローチの1つである精密測定実験だ。

量子力学によれば、ある物理量を測定した際、その大きさは反応過程において取りうるすべての量子状態の和によって決まる。この取りうるさまざまな量子状態の観測量への寄与が「量子補正」だ。標準理論を超える新たな物理が仮に存在した場合、それを介した反応が生じることで、観測される物理量に新たな補正が加わることになる。そして、標準理論によって高精度で計算可能な物理量を精密測定された実測値と比較して、両者のずれの有無を調べることで、間接的に標準理論を超えた物理の存在を明らかにするのが、精密測定実験である。同実験は、LHCのような大型加速器を使っても直接たどり着くことのできないエネルギースケールの新物理にアクセスすることが可能な点が、大きな特徴だ。

そしてg-2(=異常磁気能率)とは、素粒子のスピンに関連するもので、素粒子が持つ磁石としての強さのうち量子効果によるものを指す。素粒子のスピンに起因して、素粒子が磁場中で小さな磁石として振る舞う際の大きさを表す無次元定数が「g因子」で、同因子は相対論的量子力学を記述するディラック方程式によると厳密に「2」となることがわかっている。またそれと同時に、そこに量子補正の効果が加わることで2から微小にずれることも知られており、このずれのことをg-2と呼ぶのである。

このg-2は、標準理論に基づき極めて精密に理論計算することが可能だ。そこに未知の粒子や力が存在すれば、その効果が顕著に現れるとされ、中でも観測しやすいとされるのがミューオンである。これまでの実験における観測は電子で行われていたが、ミューオンの質量は電子のおよそ200倍であるため、質量の2乗(=約4万倍)も新たな物理の効果が大きくなり、それだけ確認しやすいのである。

  • ミューオン(最下段中央)は、電子と同じ荷電レプトンの第2世代で、電子の約200倍の質量を持つ。

    ミューオン(最下段中央)は、電子と同じ荷電レプトンの第2世代で、電子の約200倍の質量を持つ。(出所:J-PARC ミューオン g-2/EDM実験公式Webサイト)

実際、電子の場合には、これまでの電子の理論計算と実験測定値は9桁の精度で一致していた。しかし研究チームによると、ミューオンの場合は7桁目で解離の兆候が出ているという。ミューオンのg-2の理論値は0.00116591810(43)であり、FNALが2021年に発表した1回目のミューオンg-2実験(2018年に実施)の結果は0.00116592061(41)で、4.2σ(シグマ)の解離(=誤差が4.2倍大きい)という結果だった。

そして今回の実験では、2回目(2019年)と3回目(2021年)の実験結果も追加した値として、0.00116592059(22)という結果だったことを発表。3回すべてを合わせると、0.19ppmという世界最高レベルの精度での測定が達成されたとする。研究チームは、この値が20年前の実験結果とも矛盾せず、また1回目の結果とも約2倍の精度で矛盾しない値だったとしている。

  • 今回のFNALでの最新実験結果は、2021年発表の測定結果の約2倍の精度となった。

    今回のFNALでの最新実験結果は、2021年発表の測定結果の約2倍の精度となった。提供:Muon g-2 Collaboration(出所:IPNS Webサイト)

最も注目されるのは、新たな物理の兆候があるのかないのかという点であるが、今回の値は、2020年の理論計算値と比較した場合5.1σと、1回目よりもさらに大きい解離となった。もしこのずれが真実だった場合、標準理論(電磁気力+強い力+弱い力)だけではg-2の量子補正を予測できないといい、標準理論を超えた新たな物理が存在していることを示す間接的な証拠になるとする。

ただし理論計算も2020年以降に進展しており、世界のさまざまな研究チームが発表している新しい理論計算結果を含めると、解離はもっと小さくなることが予想される(詳細は解析中のため、今回は未発表)。よって現時点では、新たな物理の兆候が見られるのかどうかは断定できない状況だとし、今後そうした詳細な比較などを進め、最終結果は2025年に発表するとしている。期待して待ちたい。