ミューオンg-2実験とは異なる手法を用いて、素粒子のg-2および「電気双極子能率」(EDM)の値を求めるのが、J-PARCで行われる10か国での国際共同実験のミューオンg-2/EDMだ。同実験は、ミューオンg-2実験と異なる手法を用いることでお互いを検証し合える形になるため、ミューオンg-2実験の研究者たちからも非常に期待されているという。

  • g-2は素粒子の磁気的性質のうち、量子効果によるもの。EDMは素粒子の電気的性質。いずれも素粒子のスピンに沿った向きを持つ。

    g-2は素粒子の磁気的性質のうち、量子効果によるもの。EDMは素粒子の電気的性質。いずれも素粒子のスピンに沿った向きを持つ。(出所:J-PARC ミューオン g-2/EDM実験公式Webサイト)

EDMは、粒子中で電荷の偏りがある(あるいは粒子が球対称ではない)場合はゼロではないことになるが、標準理論では極めて小さいと予想されている。仮にEDMが見つかれば、時間反転の対称性を破る物理法則が成り立つ証拠となるとのこと。また、g-2の値がずれていればEDMが大きい可能性があり、g-2のずれの原因を探る上でもEDMの探索は重要とされる。

ミューオンg-2/EDM実験の特徴の1つが、ミューオンを冷却して移動速度を一度大きく落とし、それによって同素粒子のビームを絞り込むことで、直径約1cmという加速空洞にすべて入れて再加速を行えるようにする「ミューオンの冷却・加速」という独自技術だ。これによって、従来は1kmの距離で10mにまで拡散してしまうミューオンビームの拡散を、1kmあたり1cmにまで絞り込めるという。こうした工夫により、ミューオンg-2実験ではFNALの直径14mの蓄積磁石・検出器のミューオンg-2リングが用いられていたのに対し、ミューオンg-2/EDMではそのおよそ1/20、直径わずか66cmにまでコンパクト化できるとしている。

  • 今回の実験で計測に用いられたFNAL内のミューオンg-2リング。直径約14m。約-267℃に保たれており、リング内を3GeVのミューオンが周回する。

    今回の実験で計測に用いられたFNAL内のミューオンg-2リング。直径約14m。約-267℃に保たれており、リング内を3GeVのミューオンが周回する。(出所:FNAL Webサイト)

研究チームは2028年度からのデータ収集を目指しており、現在はJ-PARCの物質・生命科学実験施設内で新たな施設の建設が進む。すでに3GeVシンクロトロンとつながるHラインという新たな施設が建設済みで、そこに各種機器類の設置が進められており、また開発中の装置の試験なども協力研究機関などと共に行われている最中とした。

  • (上)J-PARCにおいて建設中のHラインのミューオン g-2/EDM実験の施設概要。(左下)ミューオンg-2/EDM実験の蓄積磁石・検出器の拡大図。FNALのミューオンg-2リングと比べてコンパクトなことがわかる。

    (上)J-PARCにおいて建設中のHラインのミューオンg-2/EDM実験の施設概要。(左下)ミューオンg-2/EDM実験の蓄積磁石・検出器の拡大図。FNALのミューオンg-2リングと比べてコンパクトなことがわかる。(出所:IPNS Webサイト)

  • ミューオンg-2/EDM実験のため、J-PARCのHラインに設置される予定の超低温ミューオンを生成するための冷却装置。

    ミューオンg-2/EDM実験のため、J-PARCのHラインに設置される予定の超低温ミューオンを生成するための冷却装置。(出所:IPNS Webサイト)

さらに、ミューオンg-2/EDM実験と連係して、KEKにおいて行われているのが、26の国と地域、115の研究機関から集まる1000人弱の物理学者とエンジニアが参加する大型国際共同実験のBelle II(ベルツー)だ。周長3kmのSuperKEKB加速器と、全高約8mのBelle II検出器を用いて、前身のBelle実験の約50倍のデータを取得するとしている(Belle実験は小林益川理論を実証し、小林誠博士、益川敏英博士のノーベル賞受賞につながったことで知られる)。

同実験の主目的は、クォークの第3世代の1つであるボトムクォークや、荷電レプトン(軽粒子)の第3世代のタウを使って新物理を探すという内容で、ミューオンg-2/EDM実験を補完するとのこと。Belle II実験で見えてきている標準理論からのずれと、ミューオンg-2のずれが同じ原因である可能性があり、2つの実験でずれを確定できれば、背後にある物理法則を明らかにできる可能性があるとしている。Belle II実験は、2020年に最初の実験結果に関する論文を発表しており、2024年夏に次の発表を行うとする。

今回のミューオンg-2実験や、今後のミューオンg-2/EDM実験、実施中のBelle II実験などによって、仮に新たな物理が確認された場合、自然界の4つの力とは別の5番目の力や未知の素粒子などが存在する可能性につながるため、ノーベル賞級の発見とされる。

現在、素粒子の理論において最も成功しているとされるのが標準理論だが、それで説明がつくのは、実は全宇宙のエネルギーの5%弱しかない。残る全宇宙の95%以上を占めるダークマターやダークエネルギーに加え、ニュートリノに質量があること、通常物質に比べて反物質がほとんど存在しないことなど、標準理論では説明がつかない事象が複数残されている。研究チームによると、今回のミューオンg-2実験の最終結果や、ミューオンg-2/EDM実験、Belle II実験などによって、それらを解明できたり、新たな物理の発見につながったりする可能性もあるという。今後の素粒子に関する新発見に注目したい。