インフィニオン(Infineon Technologies)がサイプレス(Cypress Semiconductor)の買収手続きを完了したのが2020年4月。それから3年経った現在、企業買収の際によく話題にとりあげられる「シナジー」は本当に創出されているのか? 日本法人インフィニオン テクノロジーズ ジャパンのバイスプレジデント兼CSS(コネクテッド セキュア システムズ)事業本部 本部長の針田靖久氏に、現状をうかがった。

  • 針田靖久氏

    日本法人インフィニオン テクノロジーズ ジャパンのバイスプレジデント兼CSS(コネクテッド セキュア システムズ)事業本部 本部長の針田靖久氏。CSS事業本部長に就任される前は、同社のIPC(インダストリアル パワーコントロール)事業本部(現GIP事業本部)の本部長を務めていた

サイプレスの事業のほとんどを継承したCSS事業本部

インフィニオンの売上高だが、サイプレスの買収が完了した2020会計年度(2019年10月~2020年9月)は約86億ユーロほどであったが、サイプレス分がまるまる加算されるようになった2021会計年度(2020年10月~2021年9月)には約111億ユーロと100億ユーロを突破。2022会計年度(2021年10月~2022年9月)も約142億ユーロと2会計年度連続で、半導体不足と言われる中でも高い成長率を達成。また、事業部合計利益率も2022会計年度で23.8%まで伸長しており、全体業績を見る限りではサイプレスの買収は一定の成果を収めていると言える。

そんなインフィニオンの事業セグメントは現在、大きく「Automotive(ATV)」、「Green Industrial Power(GIP)」、「Power & Sensor Systems(PSS)」、「Connected Secure Systems(CSS)」という4つに分けられる。このうち、CSSを除く3事業部はパワー半導体がメイン。一方、CSSは同社の中で唯一、パワー半導体を取り扱わないユニークなポジションの事業部となっており、ここに旧サイプレスの多くの製品群が含まれている。

  • インフィニオンの業績推移

    インフィニオンの業績推移。サイプレスの買収が完了した後、大きく伸びている。サイプレス製品の多くがCSSに移管されたがNORフラッシュなど一部の製品はATVなど別の事業部に移管されている

同社は今後の成長に向け、「eモビリティ(自動車の電動化)」、「再生可能エネルギー」、「ADAS/自動運転」、「データセンター」、「IoT」の5つの領域に注力していくとしているが、その中のIoT分野の成長のカギを握るのがCSS事業本部となる。とはいえ、実はサイプレス買収以前のIoT分野に向けた製品と言うと、セキュリティソリューションのみであったという。「(セキュリティソリューションのみであったため)IoTを視野に入れていたものの、ペイメントやスマートカードがメインだった。それがサイプレスの買収によりマイコンやワイヤレスソリューションがラインアップに加わり、それまでのセキュリティと組み合わさることで、一気にインダストリアル、ゲーム、ウェアラブルなどといった幅広い産業で採用されるようになった。この点で(買収による)大きな相乗効果がでてきた」と針田氏は手ごたえを語る。製品群が拡充された結果、2022会計年度のCSS事業本部の売り上げに占める3製品群の割合はセキュリティが4割、ワイヤレスが3割強、マイコンが2割強というバランスとなり、マイコンとワイヤレスの合計では2022会計年度の売り上げがサイプレス時代を含めて過去最高を記録するなど、サイプレス製品とインフィニオン製品の組み合わせが新たな顧客獲得や価値創出につながっているという。

  • CSS事業部が提供する3製品

    CSS事業部が提供するのは基本的にセキュリティ、ワイヤレス、マイコンの3製品群+ソフトウェア

中でも日本はCSS事業本部の売り上げを地域・国別で見た場合、20%以上を占めており、貢献度が高い地域であるという。「存在感を出せる売り上げ規模であり、日本の顧客の声を本社に届けやすいのが今の我々の状態。日本の顧客のニーズがグローバルに展開されることが日本の顧客へのサポートにもつながる」(針田氏)という。

民生分野で強みを見せる日本地域

IoTと一言でくくると、人の手を介さずネットワークに接続できる機器であり、その間口が非常に広い。そのため、全方位で市場獲得を進めるという手法もあるが、現実問題としては、ターゲットとする地域・国の顧客の得意分野次第というところがある。日本も同様で、「日本の顧客は複数分野で強みを有しており、インフィニオンとしてもそういった分野のサポートをしていくことが1つの主題となっている。そうした顧客たちと一緒になって、顧客のビジネスの成長をサポートしていくことで、世界におけるインフィニオンのビジネスも拡大される」と、あくまで顧客の成長を主体に、自分たちの製品がそれを支えるというスタンスを取ることが最終的に自分たちの成長につながるとする。

現状の日本市場で同社のCSS事業本部が強みを発揮できている分野の多くが民生分野だという。そのけん引役となっているのが旧サイプレスの製品群。例えば、日本メーカーが世界的にも強い民生用プリンターを見た場合、これまではインクの偽造品識別のためのセキュアICだけであったが、旧サイプレスのワイヤレスモジュールがそこに加わることで、本体側にも食い込むことができるようになったという。また、デジタルカメラでもWi-Fi接続が当たり前となってきた昨今、先立って旧サイプレスのワイヤレスモジュールが搭載されていたところに、クラウドに画像データを送信する際のセキュア環境構築用にセキュアICを組み込むことで、通信の安全を担保するといったこともできるようになったという。

  • 民生機器メーカーのシェアイメージ

    民生機器メーカーのシェアイメージ。家電関連は厳しい戦いとされるも、高いシェアを有している分野もまだまだ多い

このほか、事業部間の垣根を超えた連携によって、旧サイプレス時代にはアプローチが難しかったメーカーへのソリューション提供も可能になってきたという。産業機器やロボット、自動車といった分野はインフィニオンにとってもこれまでパワー半導体の顧客であったが、やはり昨今のネットワークにつながなくてはいけないというニーズから逃れることは難しく、そうした顧客にパワー半導体と一緒に、ネットワークとセキュリティを組み合わせたソリューションの提案もできるようになってきたともする。「我々も想定していなかった新しい動き、ユースケースがサイプレスと一緒になったことで発見できるようになってきた。こうした分野はセキュリティだけを持っていても苦しかった。ソリューションとして顧客のところに持っていけることが大きなポイント。そうした意味では面白いビジネスになってきた」(同)と、サイプレスとの統合が社内のビジネス全体に大きな影響を及ぼしていることを強調する。