宇宙航空研究開発機構(JAXA)は4月18日、イプシロン6号機の打ち上げ失敗原因について、調査状況を文部科学省の有識者会合にて報告した。すでに、ダイアフラムによる閉塞が起きていたことは分かっていたが、追加の検証試験などを実施し、シール部からの漏洩が原因であることを突き止めた。今後、来月をめどに、報告書を取りまとめる。

  • JAXA内之浦宇宙空間観測所より打ち上げられたイプシロン6号機

    JAXA内之浦宇宙空間観測所より打ち上げられたイプシロン6号機 (C)JAXA

閉塞に至ったプロセスが明らかに

イプシロン6号機は2022年10月12日に打ち上げたものの、第2段RCSの片側で異常が発生し、機体の姿勢を正常に制御できなくなり、衛星の軌道投入に失敗していた。フライト時のデータからは、スラスタに燃料が届いていなかったことが分かっており、どこで何が起きて詰まってしまったのか、これまで調査が進められてきた。

2月3日に行われた前回の報告では、パイロ弁とダイアフラムの2カ所に絞られていた閉塞場所について、ダイアフラム側が原因だったと特定。そこから2カ月、さらに「加速度による変形」「ダイアフラムの脱落」「シール部からの漏洩」「ダイアフラムの破断」など、考えられる要因について検証を行った。

ダイアフラムとは、燃料タンク内で、液体(燃料)と気体(押しガス)を分離しておくための膜のことである。燃料をタンクの出口側に寄せておくことで、どんな姿勢や加速度の状態であっても、確実に燃料をスラスタ側に送り出すための仕組みだ。ダイアフラムは樹脂製のため、燃料の体積が減っても、伸びて気液の分離を維持することができる。

  • ダイアフラムの構造

    ダイアフラムの構造。イプシロン6号機は右側のようになっていた (C)JAXA

前回までの調査では、このダイアフラムの膜が、下流側のパイロ弁が開いたタイミングに、出口側に引き込まれたことで閉塞が起きたと特定していた。この現象が起きるためには、ダイアフラムが出口側に覆い被さるように近接している必要があり、なぜこのような状態になっていたのかが、調査の焦点になっていた。

  • 閉塞現象の模式図

    閉塞現象の模式図。ダイアフラムが引き込まれ、出口を塞いだ (C)JAXA

今回、要因として特定されたのは、前述のように、シール部からの漏洩である。燃料タンクの製造時、ダイアフラム外周のシール部を固定リングとの間に噛み込んでしまい、溶接時に損傷。生じた隙間から燃料がガス側に漏れ出し、液側の体積が大幅に減少したことで、ダイアフラムが出口側に近接し、閉塞に至ったと結論付けた。

  • 詳細FTAの結果

    詳細FTAの結果。ついに要因が特定され、欄内に「○」が付いた (C)JAXA

シール部の問題となぜ分かったのか?

第2段RCSの燃料タンクは、液側/ガス側の半球と、その2つをつなぐ赤道リングという、3つのパーツで構成される。まず液側半球と赤道リングを溶接し、ダイアフラムを中に入れ、厚くなっているシール部を内側から固定リングで押さえ、赤道リングに溶接。最後にガス側半球を溶接して密閉するという手順で、製造が行われる。

  • 燃料タンクの製造手順と、内部の模式図

    燃料タンクの製造手順と、内部の模式図。製造時に漏洩試験も実施する (C)JAXA

JAXAによれば、フライト品の製造・検査データを調べたところ、固定リングと赤道リングの隙間に、ほかより大きい部分が見つかったという。大きかったのは全周360°のうち、30~45°程度の範囲で、差は0.1mmオーダーという僅かなもの。ただ、検査では偏りは見ておらず、平均値しか確認していなかったため、規格ギリギリの値で合格していた。

この隙間が大きかった部分で、シール部の噛み込みが発生していたものと考えられる。JAXAの追加検証試験では、意図的に噛ませて組み込んだところ、隙間が大きくなることを確認。さらに、この状態のまま溶接すると、シール部が損傷してシール性能が低下し、そこから漏洩が発生することも分かったという。

  • シール部が噛み込んだ状態の模式図

    シール部が噛み込んだ状態の模式図。噛み込んだ分、隙間が大きくなる (C)JAXA

しかし、製造工程でシール部の一部が損傷したとしても、それでなぜ漏洩検査を通ったのか、疑問が残る。JAXAはこれについても追加検証試験を行い、その結果、漏洩検査で加える圧力のときは、シール部以外で気密が保持されていた可能性が高いことが分かった。

漏洩検査は、途中の半殻状態のときと、完成後の全殻状態のときに実施される。どちらも、タンク内にガスを入れ、反対側からの漏洩量を調べるという手法で行われていたのだが、いずれの試験でもダイアフラムはパンパンに膨らんだ状態になっており、固定リングなどに密着。加圧の圧力を上げると漏洩しにくくなることが確認できたという。

  • 半殻状態での試験

    半殻状態での試験。右下図のように、意図せずシールされた可能性がある (C)JAXA

なお、シール部からの漏洩以外の要因については、今回の検証によって、すべて否定された。フライト中の加速度により、ダイアフラムが変形し、出口側に近接した可能性については、旋回腕試験でフライト中の最大加速度3.5Gを模擬したところ、出口とはかなり離れており、これによって閉塞は起きないことが分かった。

さらに、フライト時と同じ9Lの水を充填し、手でダイアフラムを押し込んでも、閉塞は起きなかった。充填量を9L→6.5L→3L→1Lと減らしても閉塞せず、ほぼ空っぽの状態の約0.3Lまで抜いて、やっと閉塞が発生したという。

これらの試験結果を総合すると、シール部の損傷により、燃料の大部分がガス側に漏れ出しており、それによって閉塞が発生した可能性が高いことが分かる。打ち上げ後の短時間にこれだけ漏れ出すことは考えにくく、燃料充填後からリークが発生していた可能性が高いが、タンク内圧自体に変化は無いため、外部からは異常を検知できなかった。

イプシロンSでの変更は2案を検討

イプシロンは、開発期間を短く、開発コストを低くするため、M-VとH-IIAの既存技術を最大限活用するという方針の下、開発が行われた。ただ、その中でも、今回の失敗の原因となった第2段RCSは、やや特殊な位置付けになる。M-VやH-IIAといったロケットではなく、衛星/探査機のフライト実績品がベースとなっていたのだ。

  • イプシロンの多くはM-V/H-IIA技術の活用だが、第2段RCSは特殊

    イプシロンの多くはM-V/H-IIA技術の活用だが、第2段RCSは特殊 (C)JAXA

JAXAは今回の報告で、失敗の背後要因についても分析。この第2段RCSについて、プロジェクトマネージャの井元隆行氏は、「フライト実績品に対する確認不足、特に、深く突っ込んだところの確認が不足していた」と反省を述べた上で、「すべてのところをもう一度チェックして、イプシロンSの信頼性向上に繋げていきたい」とした。

今回問題になったタンクについては、イプシロンへの適用時、使用条件の違いを考慮したタンク構造に関する試験などは実施していた。しかし、ダイアフラムなどのタンク内部については、フライト実績を重視し、設計の考え方・作動原理などを十分理解した上での確認ができていなかったという。

今回の原因は、現象だけを見れば「製造ミス」ということになるが、シール部の噛み込みにより漏洩が発生する可能性を予期できておらず、噛み込みを検出できるような仕組みにもなっていなかったというのが、より本質的な問題だ。リング間隙間を最大値でなく、平均値でしか見ていなかったというのは、理解不足の1つと言えるだろう。

フライト実績品を使うことは信頼性確保の基本の1つであり、それ自体に問題はない。ただ、今回のように使用条件が想定と異なっているようなときには、開発当時の設計の考え方にまで立ち戻って、製造工程や品質保証方法などを確認することが必要、とJAXAは指摘。後継機であるイプシロンSの開発に反映させるとした。

イプシロンSでは当初、このタンクはそのまま流用する方針だったが、原因の特定を受け、JAXAは対策を検討。今のところ「現タンク設計変更案」「H-IIAタンク活用案」の2案が考えられており、どちらを採用するかについては、「夏前くらいをめどに判断したい」(井元プロマネ)という。

  • タンクの検討案

    タンクの検討案。2案のトレードオフでどちらを採用するか決める (C)JAXA

現タンク設計変更案では、タンクサイズなど基本構造は変えずに、シール部の噛み込みが発生しない設計・製造工程にすることなどを検討する。H-IIAタンク活用案は、噛み込みは原理的に排除されているが、タンクが大型化するため、機体側の設計変更が必要になる。そういったトレードオフを検討し、方針を決定する予定だ。

なお、イプシロンSの初飛行は2023~2024年度に計画されていたが、2023年度中の打ち上げは無くなり、2024年度に決まったという。ただ、これはペイロード側の都合で、ロケット側の問題ではないということだ。