宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月11日、宇宙開発利用部会の調査・安全小委員会にて、イプシロン6号機の打ち上げ失敗原因に関する調査状況を報告した。原因については引き続き確認中で、絞り込みに大きな進展は無いものの、いくつか追加情報が出てきたほか、H3ロケットの設計変更に関する方針も明らかになった。

不自然に大きかった燃料タンクの理由は?

まずは、最新の調査状況についてだ。これまでの調査により、第2段RCSで問題が起きた可能性のある場所としては、すでにパイロ弁とダイアフラムの2つに絞られていたが、今回の報告では、ダイアフラムについて、より詳しい情報が出てきた。

参考:イプシロン6号機の失敗原因は2つに絞り込み、製造・検査データから調査

ダイアフラムは、燃料タンクの内側に設置されたゴム膜である。液体の燃料(ヒドラジン)と、気体の押しガス(窒素)を分離する役割があり、これによって、燃料に確実に圧力を加え、下流のスラスタに押し出すことが可能となっている。

  • 燃料タンク内で液体と気体を仕切っているのがダイアフラムだ

    燃料タンク内で液体と気体を仕切っているのがダイアフラムだ (C)JAXA

このダイアフラムによる閉塞について、JAXAは詳細FTA(故障の木解析)を展開。ダイアフラムが正常だったケースと異常だったケースについて検証を行った。

このうち、前者はやや分かりにくいかもしれない。ダイアフラムが正常なのに、どうして閉塞が起きる可能性があるのか。これには、イプシロン特有の事情が関連している。

じつはイプシロン第2段RCSの燃料タンクは、容量が24リットルであるのに対し、燃料の充填量、つまり必要な量は9リットルだけだったという。約3分の1しか燃料が入っていない状態で打ち上げているわけで、これはH-IIA(容量37リットル・充填量36リットル)やH3(容量74リットル・充填量72リットル)と比べても、明らかにバランスが悪い。

  • 各ロケットのタンク容量と充填量については、この表に記載がある

    各ロケットのタンク容量と充填量については、この表に記載がある (C)JAXA

なぜH-IIA/H3と違い、タンクが無駄に大きいのか。これは、他の宇宙機の設計を流用したためだ。もちろん、イプシロン専用に新しく設計するのが性能的には最適であるのだが、それだと時間もコストもかかってしまう。イプシロンはM-V後継機としてなるべく早く開発する必要があり、設計の流用はそのための選択だった。

イプシロンは充填量が少ないため、ダイアフラムが燃料の出口側に近い状態にあった。なお、H-IIA/H3でもこのリスクについて検証が行われたが、ほぼ満タン状態で出口側からは最も離れており、このリスクについては問題無しと判断されている。

フライト中にダイアフラムが変形して出口を塞ぐ可能性があるのかどうか確認するため、JAXAは追加試験を実施。透明なアクリルでタンクを再現し、同量の水を入れたときに(燃料を模擬)、ダイアフラムがどのようになるのか調べた。

その結果、静止した1G環境においては、水が下部に偏り、ダイアフラムは少し出口側に接近するものの、十分に離れており、閉塞の可能性が無いことが分かった。ただ、フライト中は無重力環境下や加速度環境下になるため、そういったときに近接する可能性があるのか、引き続き調査している。

  • JAXAがアクリルで再現した燃料タンク

    JAXAがアクリルで再現した燃料タンク。ダイアフラムは斜めになっている (C)JAXA

これに関連するかはまだ不明なものの、JAXAはフライト中の圧力データの挙動に注目。すでに報じたように、パイロ弁に点火信号を送っても+Y側モジュールでは下流の圧力が上がらなかったのだが、じつは1ビット分だけ上昇していた。

  • 下流(スラスタ側)の圧力データ

    下流(スラスタ側)の圧力データ。良く見ると、わずかに上昇している (C)JAXA

センサーの精度以下とのことで、実際に圧力がわずかに上がったのかどうかについてはまだ検証中。ただ、仮に実現象だとすると、ダイアフラムが出口側をほぼ覆っていた状態において、パイロ弁が開いたときに出口側に引き込まれ、燃料がわずかに流れ込んで閉塞する、というシナリオと整合する可能性がある。

ただ、このわずかな圧力上昇が実際に起きた現象だったとしても、だからといってすぐにダイアフラムが原因だということにはならない。パイロ弁の動作不良、たとえば点火してわずかに開いたような場合でもこうなる可能性があり、そのケースについても検討中ということだ。

一方、ダイアフラムが異常だったケースについては、燃料がガス側に漏れるなどして、ダイアフラムが出口側に近接するような現象が疑われている。こちらについては、製造・検査データを調査中。いくつか確認中の項目が残っているものの、ダイアフラム製造や気密試験などの結果は良好で、今のところ問題は見つかっていない。

  • 燃料タンクの構造

    燃料タンクの構造。2つの半球と赤道リングを溶接して製造している (C)JAXA

ダイアフラムについて、筆者は前回の記事で「噴射前で燃料が満タンであったことからも、破損でもなければやや考えにくい」と書いたのだが、最初から満タンでは無かったということで、前提条件がちょっと変わってしまった。原因はダイアフラムなのかパイロ弁なのか、全く分からなくなってきたというのが正直なところである。

またパイロ弁については、少し気になる新情報がある。前回の記事で、パイロ弁は4号機~6号機で同一ロットだったと書いたが、これは問題が起きた+Y側モジュールの話で、正常に動作した-Y側モジュールのイニシエータの1つは、導通絶縁の点検で少し規格を外れたため、新しく調達した別ロット品を使っていたという。

1つ注意して欲しいのは、だからといって、新しいロットを使ったから-Y側は機能して、長く保管したロットを使ったから+Y側は機能しなかった、という結論にはならないということだ。引き続き詳しい調査が必要で、JAXAは今後、交換で取り外されたイニシエータを調べることも検討しているという。

  • -Y側のイニシエータ

    -Y側のイニシエータは、2個中の1個が新しいロットに交換されていた (C)JAXA

H3の設計変更が決定、打ち上げへの影響は?

イプシロン6号機の失敗原因について、JAXAは他のロケットへの水平展開を進めていたが、今回、H3の設計の一部を変更する方針を固めた。設計を変えるのは、第2段RCSのパイロ弁で、従来はイプシロンと同メーカーの別製品を使う予定だったが、これをH-IIAで使ってきたものに交換するという。

  • H3初号機のパイロ弁を交換する

    H3初号機のパイロ弁を交換する。変更は緑点線の範囲に限られる (C)JAXA

イプシロンの失敗原因については調査が続いており、まだパイロ弁に問題があったかどうかは分かっていないのだが、H3初号機は時間的な余裕がなく、結論を待っていては、年度内の打ち上げが間に合わなくなる恐れがある。パイロ弁の交換は予防的な措置で、もし問題が無いことが分かれば、2号機以降で設計を元に戻す可能性もあるとのこと。

H-IIAのパイロ弁は、イプシロンと仕組みが異なっており、火工品の点火は、イニシエータとPCAが一体化したパワーカートリッジ(PC)により行う。バルブ本体は1つだが、PCが冗長化された構成になっている。

  • H-IIAの第2段RCS

    H-IIAの第2段RCS。パイロ弁の設計仕様は、イプシロンと大きく異なる (C)JAXA

このパイロ弁は、H-IIの時代から使ってきたもので、実績は非常に豊富。H-IIA/Bまで同一設計で使っており、過去50フライト以上で問題が起きていない。交換するためには、取付部品や上下流配管を変更する必要があるものの、設計変更の範囲は限定的で、ロケットシステム全体への影響は無いと判断された。

従来のパイロ弁は、イニシエータの点火に時間差が必要だったのに対し、H-IIAのパイロ弁は、パワーカートリッジを同時に着火するという違いがある。ただ、これについても、パラメータを変えるだけで良く、変更は容易。スケジュールへの影響は小さく、JAXAは試験を行った上で、予定通り年度内の打ち上げを目指す、としている。