もし標準理論が真に正しいのであれば、どのような観測データや手法を用いたとしても、導き出されたS8はすべて同じ値になるはずである。しかし、欧州宇宙機関が2009年から2013年まで運用したプランク衛星が取得したCMBのデータから導き出されたS8は0.83であり、今回も大きな差が確認されることとなった。もしこの差の理由が、HSCとプランク衛星の測定誤差によるものと仮定した場合、2つのS8の値が今回の結果になる確率は5%以下だという。つまり、95%以上の確率で2つの測定結果が一致しないことが示唆されている。
CMBとは、宇宙誕生からおよそ38万年後に起きた「宇宙の晴れ上がり」の際の最初の光だ。要は、現在観測可能な宇宙最古の電磁波である。プランク衛星が測定したCMBからS8の値を得るには、同衛星による結果が示唆する宇宙論パラメータで現在の宇宙に至るまで構造を進化させ、S8を計算する必要がある。つまり、S8の不一致は、前提とする標準理論に綻びがある可能性が考えられるのだ。標準理論にはまだ含まれていない、宇宙の新しい物理が存在する可能性があるという。
なお、今回のHSC-SSPによる後期宇宙の観測だけでなく、後期宇宙のほかの観測データから得られたS8も、プランク衛星のS8よりも小さいことがわかっている。今回の研究では、高精度の観測データに基づく慎重かつ客観性を担保した解析が行われたが、それでもS8不一致問題が解消されることはなかった。
S8の不一致が起きる原因としては、たとえば、ニュートリノ、あるいは時間進化するダークエネルギーが宇宙の構造形成に影響する可能性が考えられている。研究チームは今後、HSC-SSPの最終データを用いた解析や、さらに、すばる望遠鏡の次世代超広視野多天体分光器(PFS)による宇宙地図データで、S8不一致問題が決着することが期待されるとしている。