また、有機溶媒で抽出した画分からは芳香族炭化水素が検出された。アルキルベンゼンを始めとしたアルキル鎖を持つものや、2環のナフタレンから4環のピレン・フルオランテンまでの多環芳香族炭化水素(以下「PAH」)とそれらのアルキル体が検出された。PAHは星間空間に普遍的に存在すると考えられており、炭素質隕石中にも多く存在する有機分子だ。特に、ピレンとフルオランテンは同じ化学式(C16H10)で表される構造異性体であり、マーチソンなどの多くの炭素質隕石中ではほぼ1:1で存在することがわかっている。
しかし今回、リュウグウ試料においてはピレンがフルオランテンよりも多く存在することが判明した。このような特異なPAH分布はイブナ型隕石でも見られ、リュウグウ母天体内での溶解度の違いにより、水流体作用で分離した可能性があるとした。アルキルベンゼンの存在やフルオランテンに対するピレンの過剰は、地球上の熱水域の原油中にも見つかっており、リュウグウに熱水原油的な有機物が存在し、炭素資源として将来利用できる可能性もあるとしている。
含窒素環状化合物は、広範囲にアルキル化された一連の同族体として存在していたが、これらはホルムアルデヒドとアンモニアから母天体上で合成されたと考えられるとする。含窒素環状化合物は炭素質隕石中にも普遍的に検出されるが、リュウグウに見出されたアルキルピリジン同族体の炭素数分布は、よく研究されているマーチソン隕石の分布と異なっているという。
存在度の炭素数分布は、マーチソン隕石では主に8から16で極大が11だったのに対し、リュウグウでは主に炭素数11から22に分布し、極大炭素数は17だった。このことは、有機分子の合成(炭素結合の伸長)が水作用や宇宙線などの要因によって左右されることを示すとしている。
また、リュウグウ試料の約1mmサイズの粒子表面において、有機分子がどのように分布しているかも調べられた。その結果、これらの含窒素環状化合物は、炭素数の違いや異なる化学組成に応じて、粒子中のμmスケールで空間分布が異なることが判明したという。このような有機分子の空間分布の違いは、リュウグウ母天体上で水流体と鉱物との作用時にこれらの分子が分離した可能性があるとした。
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脱離エレクトロスプレーイオン化質量分析で得られたリュウグウ試料の表面でのCHN化合物の異なる空間分布。(C) H. Naraoka et al. Science 379, eabn9033 (2023)(出所:共同プレスリリースPDF)
研究チームは、リュウグウ試料に検出された可溶性有機分子の多様性が、今まで炭素質隕石に見られた有機分子の多様性に匹敵するとする。ただ、低分子の有機化合物分布の多様性は比較的低く、水質変質作用を強く受けた炭素質隕石の有機物分布と似ており、それは鉱物学的特徴とも一致するとした。当初、リュウグウ表面は高温の環境下にあり、有機物は分解したという可能性が示唆されたが、存在する有機分子の特徴は強い熱変質は示していないという。
小惑星表面は高真空下、太陽光加熱や紫外線照射、高エネルギー宇宙線を受けているが、今回の研究はその過酷な最表面において、鉱物に守られる形で有機分子が存在していることを示すものだ。研究チームは、衝突や摂動などによって炭素質小惑星の表面からは有機物を含んだ物質が飛び出し、隕石や宇宙塵として太陽系のほかの天体に運ばれる可能性があるだろうとしている。