理化学研究所(理研)と名古屋大学(名大)の両者は12月7日、バリウムとニッケルの硫化物「BaNiS2」において、質量を持たない「ディラック電子」と、あたかも液晶のように振る舞う電子が共存していることを発見したと共同で発表した。

同成果は、理研 創発物性科学研究センター創発物性計測研究チームのクリストファー・J・バトラー研究員、同・幸坂祐生上級研究員(現・理研 創発物性計測研究チーム客員研究員/京都大学大学院 理学研究科教授兼任)、同・花栗哲郎チームリーダー、名大大学院 理学研究 理学専攻物理科学領域の山川洋一講師、同・大成誠一郎准教授、同・紺谷浩教授らの研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

研究チームによると、電子相関の効果と、近年研究が進む対称性・トポロジーの効果を協奏させることができれば、たとえば質量のないディラック電子の超伝導など、まったく未知の物性が創発される可能性があるという。しかし、対称性・トポロジーが非自明な物質では電子相関の効果が弱く、電子相関効果が著しくなることの多い遷移金属化合物では対称性・トポロジーが自明なことが多いため、対称性・トポロジーと電子相関の効果が共存できる新しい物質が求められていた。

そこで研究チームは今回、その特殊な結晶構造によりディラック電子が存在することがわかっているBaNiS2に着目することにしたという。

  • (左)結晶構造の対称性を破る電子の液晶のイメージ(結晶構造の上部は異なるエネルギーでの電子状態像)。(右)左はBaNiS2の結晶構造の単位構造で、右は結晶を上から見た模式図

    (左)結晶構造の対称性を破る電子の液晶のイメージ(結晶構造の上部は異なるエネルギーでの電子状態像)。(右)左はBaNiS2の結晶構造の単位構造で、右は結晶を上から見た模式図(出所:理研Webサイト)

しかし、超伝導や磁性といったエネルギーのごく小さな電子を調べるだけで検出できる電子相関の影響は、いまだ知られていなかったとする。そこで、さまざまなエネルギーを持った電子の空間分布を描き出せる「走査型トンネル顕微鏡法/分光法」(STM/STS)を用いて、BaNiS2における電子相関効果を探索することとなった。

その狙いは、あたかも液晶のように方向性を持って流動し、超伝導発現機構との関連も注目されている「電子ネマティック状態」だ。BaNiS2の構造は、上から見ると90度の回転に対して不変な対称性を持っているが、もし同状態が現れたならば、電子にとって直交する2つの方向は等価ではなくなるとする。

通常、エネルギーの小さな状態にある電子が多い方が、電子系に対称性の破れが起きやすくなるという。ところが、STM/STSを用いたトンネル分光法でエネルギーごとの電子状態密度を調べたところ、BaNiS2ではエネルギーの小さな電子が非常に少ないことが判明。実はこれはディラック電子の特徴で、一見、電子ネマティック状態には不利のように思われた。