デジタル庁は2021年に、デジタル技術が0と1の2進法によって情報を処理することにちなみ、10月10日および11日を「デジタルの日」と定めてさまざまなイベントを開催した。

2022年以降は「毎年10月の第1日曜日、月曜日をデジタルの日」とし、さらに「毎年10月をデジタル月間」とすると発表していた。

デジタルの日に合わせ、デジタル庁は「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」に貢献している、または今後貢献すると思われる個人や企業・団体の取り組みを表彰する「good digital award」を発表した。

good digital awardのエンターテインメント部門に、KDDI、Moon Creative Lab、日本航空(以下、JAL)らが開発した「アバターガイド」が選ばれた。そこで今回、その代表としてKDDIの開発担当者にその誕生秘話を聞いた。

  • 2022年秋のバーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェスでもアバターガイドを体験可能だ

    2022年秋のバーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェスでもアバターガイドを体験可能だ

「メタバースで働く」構想が生まれた理由とは

KDDIは「都市連動型メタバース」として、渋谷未来デザインおよび渋谷区観光協会と共に「バーチャル渋谷」を展開し、2020年からメタバース空間内でハロウィーンフェスを実施している。また、2022年からは大阪府・大阪市が推進する「バーチャル大阪」も本格的に展開を開始した。

この中で実現している、物理的制約や地理的制約を取り払った新しい働き方とも呼ぶべき取り組みが、今回good digital awardを獲得した「アバターガイド」だ。三井物産グループのMoon Creative Labが運営する「メタジョブ!」によって、今いる場所にかかわらずにメタバース内で仕事ができるようになる。

主な仕事内容としては、メタバース内での会場案内など、リアルなイベントの運営に近いものだ。時にはアバターの操作サポートなどにも従事する。従来のメタバース内では案内スタッフなどがおらず、遊び方や参加したいイベントへの移動方法が分かりづらい場合が多く、このような場合にユーザーをサポートする。

KDDI、日本航空(以下、JAL)はメタジョブ!と共に、2022年2月28日からバーチャル渋谷とバーチャル大阪で開催された「バーチャル渋谷 au 5G シブハル祭 2022」(通称:シブハル祭)において、JALの客室乗務員(CA)によるガイドを実施した。CAならではの「おもてなし」による案内が好評だったようだ。

  • JALのCAがメタバース内でアバターとして仕事に従事した

    JALのCAがメタバース内でアバターとして仕事に従事した

メタバース内に運営スタッフを派遣してユーザーをサポートする今回の取り組みだが、その着想のきっかけは2021年3月に開催したバーチャル音楽ライブ「YOU MAKE SHIBUYA VIRTUAL MUSIC LIVE powered by au 5G」にさかのぼる。このイベントでは渋谷駅前のスクランブル交差点の地下にバーチャルライブハウスを設置したという。

渋谷駅前を通ったことがある人には思い出していただけるだろうが、リアルな空間では、渋谷駅前に東京メトロの乗り場や商業施設「しぶちか」への入り口として、地下へ続く階段が設置されている。バーチャル渋谷では、この階段がそのままバーチャルライブハウスの入り口になっていたそうだ。

  • 渋谷駅前のしぶちかへの入り口(Google マップより画面キャプチャを撮影)

    渋谷駅前のしぶちかへの入り口(Google マップより画面キャプチャを撮影)

当時、地下への入り口を伝えるために、メタバース内では光る道や電光掲示板などデジタルならではの案内を掲出していたようだが、ユーザーには伝わりづらく、行き先に迷うアバターが増えていたという。

このような状況を見かねた1人のユーザーの行動が、今回の取り組みを考案する大きなきっかけとなった。そのユーザーは、厚意から自身で案内用のアバターを作成し、地下への入り口へと設置していたのだ。

当時のKDDI社員にとって、この厚意は「私たちの知らないユーザーがいつの間にか案内してくれている」と、驚きと共に受け入れられたとのこと。

  • 会場案内をする有志のアバター

    会場案内をする有志のアバター

バーチャル渋谷の構想初期段階から開発に携わる、KDDI事業創造本部の川本大功氏は当時の様子について、次のように振り返る。

「メタバースのようなバーチャル空間のイベントであっても、リアル空間のイベントと同じように、人と人がコミュニケーションを取りながら案内をするおもてなしの気持ちが大切だと気付きました。そうは言っても、イベントごとに案内スタッフを募集するのは大変だと悩んでいたとき、まさにうってつけのサービスとしてメタジョブを知り、Moon Creative Labとのコラボレーションが始まったんです」

リアルなイベントでは、会場内に案内スタッフがいることはある意味で当然のようにも思える。その点、メタバース内のイベントのあり方がデジタルから徐々にリアルに近づいていると言えるのかもしれない。

  • KDDI 事業創造本部 LX戦略部 戦略3グループ エキスパート 川本大功氏

    KDDI 事業創造本部 LX戦略部 戦略3グループ エキスパート 川本大功氏

メタバースが乗り越えるのは場所の制限だけではないはず

メタジョブを介してメタバース内で働く新しい働き方は、労働者の居住地に制限がない。日本全国はもちろんのこと、過去には海外から参加した案内スタッフもいたという。また、疾患や体調などのためにリアルでの接客が難しい人の参加もあったようだ。メタバース内で、自身のハンディキャップを超えた労働を実現できた例となった。

また、これまでのバーチャル渋谷においては、案内スタッフが人気となり「特定のスタッフのアバターと話すためにメタバースにログインする」といった現象も見られたようだ。運営するスタッフ自身も楽しめたという声が挙がっているという。

  • ハロウィーンフェス 2022の案内スタッフの衣装

    ハロウィーンフェス 2022の案内スタッフの衣装

これらの取り組みをgood digital awardへ応募したきっかけについて、KDDI政策調整部の渡辺容子氏は「デジタルの日が始まった昨年度から、当社はデジタル庁と連携を取っていました。今年のgood digital awardのテーマにもなっている『誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化』を知って、まさに当社のメタバース事業がちょうどいいと思って応募しました」と語っていた。

good digital awardの評価基準が「社会性」「発展性」「継続性」であることを鑑みても、さまざまな人が環境や場所を気にすることなく参加できるメタバース内で、国境や障害などを乗り越えて就労する機会を提供できるアバターガイドは、まさにこれら3項目を満たしていると評価されたのではないだろうか。

  • KDDI 渉外・広報本部 政策調整部 1G アシスタントマネージャー 渡辺容子氏

    KDDI 渉外・広報本部 政策調整部 1G アシスタントマネージャー 渡辺容子氏

受賞を知った時の気持ちについて、川本氏に聞くと「素直に嬉しかったです。バーチャル渋谷へアクセスするユーザーは老若男女を問わずさまざまな方々で、メタバースのサービスに慣れている方ばかりではないので、スタッフと一緒に楽しめる仕組みを作れたのが良かったですね」と振り返っていた。

さらに「今回受賞した企業名としてはKDDIとなっていますが、アバターガイドによるプロジェクト自体はMoon Creative LabとJALと共同での取り組みです。JALのCAの方々が持つおもてなしのスキルをデジタル空間内で発揮していただける新しい可能性も示せたのではないでしょうか」とも語っていた。

  • 取材当日の川本氏と渡辺氏の2人

    取材当日の川本氏と渡辺氏の2人