産業技術総合研究所(産総研)は、茨城県つくば市の同研究所つくば研究センター内に、2020年10月に新原理コンピューティング研究センターという研究開発拠点を設置し、超伝導量子技術やスピントロニクスなどの研究開発を進めて、量子力学原理に基づく新原理コンピューターの開発を推進している。新原理コンピューティング研究センターは2022年9月30日、メディア向けの勉強・見学会を開催し、同センターで研究開発中の量子アニーリングマシンや量子コンピューターなどの実現に向けた研究開発の現状などを解説した。

  • 産総研つくば研究センターの研究施設見学会で公開されたクリーンルーム内の様子

    産総研つくば研究センターの研究施設見学会で公開されたクリーンルーム内の様子

同センターの川畑史郎副センター長は「量子力学原理に基づくコンピューターには、量子コンピューターと量子アニーリングマシンの2種類がある」と解説し、「どんな問題でも解ける量子コンピューターの実用化までには、まだ20年から30年かかるだろう。その中の機械学習や量子化学計算などの特定問題を高速で処理することを目指しているが、この分野の多くの研究開発者は実用までにはまだ長くかかると推定している」と、見通しを語った。

  • 量子コンピューターや量子アニーリングマシンの性質および開発状況について説明する川畑史郎氏

    量子コンピューターや量子アニーリングマシンの性質および開発状況について説明する川畑史郎氏

これに対して、「組み合わせ最適化問題に特化した量子アニーリングマシンは、カナダのベンチャー企業のD-Wave Systems社が2020年に5600量子ビット級の商用機を販売するなど、実用化に向けて各国が研究開発を進めている」と実用化に向けた動きが加速しているとする一方で、「量子アニーリングマシンの実用的な利用には、100万量子ビット級の大規模な集積化が不可欠と推論し、その実現に向けて競っている段階」と課題も残されている現状を解説した。

日本では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2018年度から推進した「革新的AIエッジコンピューティング技術の開発」(2022年度まで)と「次世代コンピューティング技術開発」(最長2027年度までの予定)の中で、「産総研やNECなどが研究開発を進めてきた」と、NEDOのIoT推進部の林勇樹部長は解説する。

新原理コンピューティング研究センターによると、カナダのD-Wave Systems社に続いて、世界中の企業がハードとアプリケーション開発、ビジネス適用に向けた研究開発を進めているという。日本企業でも、デンソー、リクルート、野村ホールディングス、京セラ、東邦ガスなどが量子アニーリングマシン関連の研究開発を進めている模様であり、欧米でもフォルクスワーゲンやエアバス、マイクロソフト、ゴールドマンサックスなどが手掛けていると推測されている。

量子アニーリングマシンの実用化に向けて、産総研の新原理コンピューティング研究センターなどでは、「日本で初めて6量子ビットの量子アニーリングマシンを開発し、大規模な組み合わせ最適化処理を可能とする独自のアーキテクチャであるASAC(Application Specific Annealing Computing)を開発済み」とのこと。また、NECも「超伝導パラメトロンを採用した4量子ビットの量子アニーリングマシンを開発を2022年3月に公表済み」と、日本の研究開発の現状を解説する。なおNECは、産総研の新原理コンピューティング研究センターと連携して、研究開発を進めていく見込みだ。

  • 量子ビット超伝導量子アニーリングマシン

    量子ビット超伝導量子アニーリングマシン(出典:産総研)

この研究開発推進に向け、半導体関連の研究開発施設の拡充を行うつくば研究センターの西事業所内には、300mmウェハー向けの極低温オートプローバー装置を導入し、極低温環境での素子評価ができる体制を構築している。担当者によると、同装置の運用開始によって従来の100倍以上の極低温時の評価測定が可能になったという。新原理コンピューティング研究センターは、産総研が誇る半導体研究開発の実績を基に、研究開発を進めていくという。

  • 300mmウェハ向けの極低温オートプローバー装置

    300mmウェハー向けの極低温オートプローバー装置