実験では、片方のルビジウム原子(量子ビット1)が1の状態のときだけ、もう片方のルビジウム原子(量子ビット2)の重ね合わせ状態の符号が反転し、2つの波の山同士が揃うように重ねた0+1状態から、2つの波の山と谷が揃うように重ねた0-1状態へと変化する様子が観測されたという。なお2量子ビットゲートには複数の種類があり、今回実現したものは、ほかの2量子ビットゲートの基礎となる「制御Zゲート」といわれるものだという。

そして、今回はエネルギーが往来する1周期分に要した時間(2量子ビットゲートとしての動作時間)が、報告された中でも世界最速クラスとなる6.5ナノ秒であったという。これまでの公の記録は、Googleが超伝導方式で達成した15ナノ秒だったが、それを半分以下にまで短縮したことになる。なお、今回は2つの原子間は2.5μmだったがこれをさらに近接させたり、10ピコ秒のパルスレーザーの精度をより高めたりするなどして(現状の市販レーザーは30%ぐらいばらつきがあるという)、将来的には現状の仕組みでも1ナノ秒ほどまでさらに時間を短縮できるとしている。

  • 2量子ビットゲート

    今回は、絶対温度0.00001Kまで冷却されたルビジウム原子を、光ピンセットで2.5μmの間隔で並べて、2量子ビットゲートとして用いた。両原子の間隔を狭めることで、2量子ビットゲートとしての動作時間を短縮でき、1ナノ秒を目指せるという (出所:分子研プレゼン資料)

ちなみに、原子自体の間隔は、今回の半分ほどの1.2μmまですでに実現されているが、その距離まで近づけると、どれだけ温度を絶対零度に近づけたとしても、量子力学的に20nm程度で原子が揺らぐため、距離の精度に影響してしまうようになるという。その結果、量子ゲート操作のばらつきが出てしまうため、今回は妥協して2.5μmとしたという。

なお、揺らぎを極力抑える技術も開発済みとのことだが、それを備えた状態で実現するのは非常に作業量が増えてしまうため、今回はリュードベリ軌道でのエネルギーのやり取りを確認することが主目的だったことから、見送ったとする。今後、1ナノ秒を実現する際にそうした揺らぎを抑える技術も投入されることだろう。

ともかく量子コンピュータの実現には、量子ゲート操作の高速化が必須であるが、量子ゲート操作は、外部環境や操作レーザーなどが及ぼすノイズに影響を受けやすく、精度(忠実さ)が容易に劣化してしまうという課題があり、ノイズの時間スケール、およそ1マイクロ秒よりも十分に速い量子ゲート操作を実現できれば、ノイズによる計算精度の劣化から逃れることが可能とされる。今回の成果となる6.5ナノ秒はノイズよりも2桁以上速いことから、ノイズの影響を無視できるとされ、もし今後、1ナノ秒が達成できれば、より盤石なものになるとされる。

  • リュードベリ状態

    原子1と2が取っているのが、リュードベリ状態。2量子ビットゲートへ応用可能で、2つの原子間で電子エネルギーが往来するのに要した時間は、従来の世界記録の半分以下となる6.5ナノ秒だった (出所:分子研プレゼン資料)

なお、2量子ビットゲートについては今回の制御Zゲート以外として「制御位相」、「制御NOT」、「SWAP」、「iSWAP」、「Root-SWAP」などがある。制御Zコードが重要とされるのは、1量子ビットゲートを組み合わせることで、制御Zゲートからほかの2量子ビットゲートへと変換することが可能になるからで、たとえば、ある1量子ビットゲートと制御Zゲートとさらにもう1つ1量子ビットゲートを組み合わせると、制御NOTゲートと等しくなるという。また、制御NOTゲートを3回操作すると、SWAPゲートと等しくなるという。

  • 量子ビットの0と1

    量子ビットの0と1は、電子がどの軌道にいるかで表される。原子核に近い5P軌道が0で、遠いリュードベリ(43D)軌道が1だ (出所:分子研プレゼン資料)

今回の研究にて制御Zゲートを実現できたということは、そのほかの2量子ビットゲートも実現できるめどが立ったということであり、冷却原子方式で量子コンピュータを実用化するのに、要素が揃ってきたということになる。

  • 制御Zゲートの入力から出力までの時間

    今回の6.5ナノ秒とは、この制御Zゲートの入力から出力までということになる (出所:分子研プレゼン資料)

今回の研究成果により、大森教授らは、冷却原子型の注目度がさらに上がるとする。それと同時に、現時点で開発が先行している超伝導型やイオントラップ型の限界を打ち破る、まったく新しい量子コンピュータ・ハードウェアとして冷却原子型が期待されるとしている。ただし、実用化までにはまだ越えるべきハードルはあるとするが、今回の研究成果は、冷却原子方式が量子コンピュータのハードウェアの種類として、世界をリードする日が来ることを期待させるものだったといえるのではないだろうか。

  • 2量子ビットゲートの種類

    2量子ビットゲートの種類。制御Zゲートは、これらの基礎となる最も重要なゲートである (出所:分子研プレゼン資料)