それに対し、ここ5~6年で急速に進展し、注目が集まっている冷却原子方式は、現状の技術で1万量子ビットまでの大規模化が可能だと考えられている。その仕組みは、レーザーによる光ピンセットで冷却した原子を、マイクロメートルスケールの間隔で整列させて、それら1つ1つを量子ビットとして扱うというものだ。

また、これらの原子は周囲の環境系から非常によく隔離されており、同時に互いの原子同士も独立しているため、量子ビットのコヒーレンス時間(量子の波の性質が持続する時間)が数秒にも達するという。これは超伝導方式と比較すると6桁以上も長く、高コヒーレンスなところも大きな優れた点となっている。

分子研の冷却原子方式の場合は、原子にはルビジウム(気体)が用いられている。ルビジウム原子は、レーザー光で減速させられ、限りなく絶対零度に近い絶対温度0.00001Kまで冷却された状態となる。そのルビジウムが、今回の研究では800個が扱われた。ただし、そのうち実際に量子ビットとして使用できるのは半分ほどとなり、およそ400量子ビットということになるとする。

  • 分子研の冷却原子方式量子コンピュータの外見

    分子研の冷却原子方式量子コンピュータの外見。装置本体のサイズはデスクトップサイズで、両手で抱えられる程度だという。そして今回は800原子が準備され、そのうちの半分ほどが量子ビットとして利用できるので400量子ビットである (出所:分子研プレゼン資料)

分子研の量子コンピュータは、量子ビットの「0」と「1」をルビジウム原子における電子軌道の違いで表している。ルビジウム原子の場合、通常は、最も外側の電子は原子核から0.5nmほどの「5S軌道」にある。これを初期化する形で、レーザーで少しだけエネルギーを与えて1つ外側の「5P軌道」に励起させた状態が0とされた。また、5S軌道に対して10ピコ秒だけ超高速パルスレーザーを照射して、100nmほどと原子核から遠い「43D軌道」、またの名を「リュードベリ軌道」に励起させた状態が1とされた。

電子がリュードベリ軌道にあることをリュードベリ状態といい、この状態にすることを「リュードベリ励起」という。リュードベリ状態は、原子核と電子が離れているため、原子全体で見たときに電気的に偏った強い力が発生することが大きな特徴とされる。この強い力が、量子ゲート操作をするのに重要となってくるのだという。

  • 量子ビット・量子ゲートの概念

    量子ビット・量子ゲートの概念。量子ビットとは、0と1が重ね合わさった量子力学ならではの状態。量子ゲート操作とは、量子ビットの値を変化させ、「重ね合わせ」を制御することをいう (出所:分子研プレゼン資料)

また量子ゲート操作とは、古典(従来型)コンピュータにおけるANDやORなどの論理ゲートに対応するもので、種類としては大別して、1入力1出力の「1量子ビットゲート」と、2入力2出力の「2量子ビットゲート」がある。どちらも量子コンピュータにとっては重要で、特に量子コンピュータならではの高速性を実現するには2量子ビットゲートは必須とされている。

  • 量子ビットゲート

    量子ビットゲートには、1入力1出力の「1量子ビットゲート」と、2入力2出力の「2量子ビットゲート」がある (出所:分子研プレゼン資料)

1量子ビットゲートと2量子ビットゲートは、性能的に単に倍というレベルの話ではなく、仕組みとして、まったく別物といってもいいほどの性能差が現れるという。1量子ビットゲートだと、個々の量子ビットが独立に動作していて互いの連携がないため、最大でも量子ビット数の数だけしか速くならず、400量子ビットの場合で400倍であり、あまり古典コンピュータと変わらず、量子コンピュータらしさを活かせていないとされる。

対して2量子ビットゲートは、2つの量子ビットの間に相関を生じさせる、量子らしい特徴がある。相関があるとは量子ビット同士が量子もつれの関係にあるということであり、片方の量子ビットを操作すると、自動的にもう片方も操作させることになるということとなる。

しかもこの相関は、単に2つの量子ビットの間で終わってしまうわけではない。400量子ビットだったとしたら、量子ビット1と量子ビット2、量子ビット2と量子ビット3、量子ビット3と量子ビット4……量子ビット399と量子ビット400と次々と相関を持たせられる。その結果、1つ操作しただけで、すべての400量子ビットをまとめて操作できるということになる。つまり、理論的には2の量子ビット数乗という指数関数的に高速化を実現できるのだ。現実にはさまざまな条件が重なってくるため、あらゆる計算でこの速さが絶対に実現するというものではないが、同じ400量子ビットでも、1量子ビットゲートだけだと単なる400倍だが、2量子ビットゲートならなら2の400乗倍という、量子ビット数が増えれば増えるほど指数関数的に高速化する、ということである。

  • 2量子ビットゲート

    2量子ビットゲートがあると、量子ビット間に相関が生じるので、1回の操作ですべての量子ビットを操作でき、桁違いに高速化する。これが量子コンピュータが速くなる理由である (出所:分子研プレゼン資料)

このような事情のため、2量子ビットゲートを実用化が期待されるが、実際には非常に困難とされる。それを今回の研究では、光ピンセットで1~2μmの間隔で整列させた2つのルビジウム原子を、同時にリュードベリ状態にすることで実現。つよい電気的な力を持った2つのリュードベリ状態の原子が近くに並んでいれば、エネルギーのやり取りが発生するが、実際にエネルギーが周期的に往来する様子が観測されたという。

この原子間のエネルギー交換には、2つの原子の量子状態が持つ「符号」を変化させるという性質があるため、量子ゲート操作へと応用することが可能であり、これは2量子ビットゲートとして利用できるということを示すものとなるとする。