1969年7月20日、人類で初めて月を歩いたニール・アームストロング宇宙飛行士は、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩である」という言葉を残した。
そしていま、米国航空宇宙局(NASA)は半世紀ぶりとなる有人月着陸を目指し「アルテミス(Artemis)」計画を進めている。わずか12人のみが降り立ち、そして打ち切りとなったアポロ計画とは違い、アルテミス計画には女性や日本人の宇宙飛行士も参加し、そして人が月に滞在して探査し続けることを目指している。
その準備として、NASAは2022年6月28日、「CAPSTONE(キャップストーン)」という月探査機を打ち上げた。質量わずか27kg、電子レンジほどの小さな機体ながら、アポロ計画よりも人類にとって大きな一歩のため、さまざまな技術実証に挑む。
アルテミス計画とゲートウェイ
現在NASAが進めているアルテミス計画では、今年8月以降にロケットと宇宙船の技術実証を行う「アルテミスI」、2024年に有人での月飛行ミッション「アルテミスII」を経て、2025年に2人の宇宙飛行士が月の南極に降り立つ「アルテミスIII」を行うことを目指している。その後も、アルテミスIV、V……と続き、月を継続的に探査することになっている。
12人の米国人の男性のみが月を探査し、そしてわずか3年で終わったアポロ計画とは異なり、アルテミス計画では女性や日本、欧州の宇宙飛行士も参加するなど、性別や国籍の垣根が取っ払われるとともに、宇宙飛行士が交代で常に月に滞在し、探査し続けることを目指している。
このアルテミス計画の実現にとってかなめとなるのが、月周回有人拠点「ゲートウェイ」である。ゲートウェイはいわば月を回る宇宙ステーションで、地球からやってきた宇宙飛行士はまずゲートウェイを訪れ、そこで月着陸船に乗り換え、月面に降りる。月面での探査を終えたあとも、一度ゲートウェイを経由し、地球へ帰る宇宙船に乗り換える。
これにより、宇宙飛行士の肉体的、精神的な負担を軽減できたり、月を探査するために入念な準備ができたり、さらに地球とゲートウェイ、ゲートウェイと月面を往復する宇宙船をそれぞれ別に用意することで運用の最適化、効率化ができたりと、さまざまなメリットがあると期待されている。さらに、月で宇宙ステーションを組み立て、運用し、宇宙飛行士が滞在し続けることで得られる技術や実績、ノウハウは、将来の有人火星探査にも役立つ。
ここで重要になるのが、ゲートウェイをどんな軌道に造るかである。ただ月を東西、あるいは南北に回るだけの軌道に造ってしまうと、ゲートウェイが月の裏側に入ったときに地球と通信ができなくなる。また、地球と月のそれぞれの重力の影響で軌道が不安定になるため、定期的に軌道を修正する必要もある。
そこでゲートウェイは、「Near Rectilinear Halo Orbit(NRHO)」と呼ばれる、特殊な軌道に建設される。NRHOは月を南北に、それも北側は高度約1600km、南側は7万kmという極端に細長い楕円で回る軌道で、その細長さからあたかも直線のように見えることから“Near Rectilinear”(ほとんど直線)という名前がついている。
NRHOは軌道面がつねに地球を向いているため、常時通信可能であり、また月の南極上空に長く滞空できるため、南極で活動する宇宙飛行士や探査機などとも長時間通信できる。さらに軌道の安定性も優れており、地球から到達するのに必要なエネルギーも少なく、くわえて月面への所要時間や必要な推進剤量も少ないなど、さまざまな利点をもっている。
ただ、これまでにNRHOへ探査機を投入したり、運用したりした例はない。そこで、その実現可能性や運用上の課題などを探るため、NASAは「CAPSTONE」を送り込むことになった。
CAPSTONE
CAPSTONEにはまた、もうひとつ大きな役割もある。
それは名前にも現れており、CAPSTONEとは「Cislunar Autonomous Positioning System Technology Operations and Navigation Experiment」の略で、直訳すると「月周辺における自律的な測位システム技術の運用航法実験」という意味になる。
従来、月探査機が自分の位置を決定する際には、地上からの追跡情報に多くを依存している。しかし、トラブルなどで通信が途切れるとそれが難しくなり、とくに宇宙飛行士が乗ったゲートウェイでそうした事態が起こると命に関わる問題になるかもしれない。さらに、国際宇宙ステーション(ISS)やその後継となる宇宙ステーションに加え、ゲートウェイも運用するとなると、地上の人員や施設・設備の負担も大きくなるという課題もある。
そこでCAPSTONEには、現在月を周回中のNASAの探査機「ルナ・リコネサンス・オービター」との間の距離や、その距離の変化を把握するためのシステムが搭載されている。他の探査機、宇宙機を利用することで、地球からの追跡に頼らずに自分の位置を決定できる「自律航法」を行おうというのが狙いである。
さらに、CAPSTONEにとって特筆すべきはその小ささである。CAPSTONEは寸法34cm×34cm×61cmの、12Uサイズと呼ばれるキューブサットで、ちょうど電子レンジほどの小ささしかない。打ち上げ時の質量も約27kgという、超小型の月探査機である。
これまでの月探査機は、大きなものは約2t、小さなものでも数百kgあるのが普通だったが、近年の技術革新により、わずか数十kgの衛星でも可能になりつつある。ちなみにNASAは2018年に、火星に向けて「マーズ・キューブ・ワン」という質量13.5kgの超小型衛星を飛ばし、通信やカメラによる撮影などといったミッションをこなした実績がある。
CAPSTONEの計画はNASAエイムズ研究センターが管轄しているが、実質的な運用や管理は、コロラド州の民間企業アドヴァンスト・スペース(Advanced Space)が担っている。民間企業が主体となることで、コストの低減、効率化、宇宙ビジネスの振興が図られている。