米国航空宇宙局(NASA)が、人類史上初となる有人月着陸を成し遂げたのは1969年のことだった。この年の7月16日、フロリダ州のケネディ宇宙センターから、3人の宇宙飛行士を載せた巨大な「サターンV」ロケットが離昇。その4日後、ニール・アームストロング、バズ・オルドリン両宇宙飛行士は月面に大きな一歩を記した。

それから53年が経った2022年3月18日――。そのケネディ宇宙センターに、NASAが開発した新たなる巨大ロケットが姿を表した。その名は「スペース・ローンチ・システム(SLS)」。半世紀ぶりの有人月探査、そして史上初となる有人火星探査を目指すロケットである。

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    ケネディ宇宙センターの第39B発射施設の射点に立ったスペース・ローンチ・システムの1号機 (C) NASA/Kim Shiflett

巨大ロケット「SLS」

スペース・ローンチ・システム(SLS:Space Launch System)」は、有人月・火星探査を目指し、NASAとボーイングが開発中のロケットである。

現在NASAは、アポロ計画以来となる有人月探査計画「アルテミス」を進めており、2030年代には有人火星探査も計画。さらに、その両方を実現するため月周回有人拠点「ゲートウェイ(Getaway)」の建設も計画している。

SLSは、こうした計画の中で、宇宙飛行士を乗せた「オライオン」宇宙船や、ゲートウェイを構成する各モジュールなどの打ち上げを担う、まさに要となるロケットである。

全長は98m、直径は8.4mと、おおよそ30階建てのビルに相当する巨大ロケットで、地球低軌道に95t、月へ向けては27tもの打ち上げ能力をもつ。まさに、かつてアポロ計画で人類を月へ送った「サターンV」を現代に蘇らせたようなロケットである。

しかし、その構成はサターンVとは大きく異なる。SLSの機体やロケットエンジンなどは、開発コストや期間の削減などを目的に、スペースシャトルの遺産を最大限に活用しているためである。

SLSは2段式で、第1段にあたるコア・ステージのタンクは、シャトルの外部燃料タンク(ET)をほぼ流用。エンジンも、シャトルのメイン・エンジンとして使っていた「RS-25(SSME)」を4基装備する。

コア・ステージの両側には固体ロケット・ブースターを装備するが、これもシャトルのSRBを継ぎ足して延長したものを使用する。

また、現在は「ブロック1」と呼ばれる初期型の形態だが、今後ブースターや2段目を改良するなどし、打ち上げ能力を段階的に向上させる計画もある。

シャトルの遺産を活用した新しい有人月ロケットの開発は、2004年に当時のブッシュ大統領が発表した新宇宙政策「Vision for Space Exploration」によって定められ、NASAの「コンステレーション計画」の中で、「エアリーズI」、「エアリーズV」という名前のロケットの開発が始まった。しかし、開発は大きく遅延し、あとを継いだオバマ大統領によって改められ、目的地は月から小惑星へ変更。そしてロケットも設計が見直され、新たにSLSが開発されることになった。

さらにその後、トランプ大統領はあらためて月を目指す方針を打ち出し、それを受けてNASAはアルテミス計画を立ち上げた。同計画はバイデン政権にも受け継がれ、そして現在に至っている。

オバマ政権当時、SLSは2017年にも無人での試験飛行を行う予定だったが、予算や開発・試験の問題、新型コロナやハリケーンによる施設の被害など、さまざまな事情で遅延を繰り返し、今回ようやく完成した。

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    発射施設へ向けて運ばれるSLS (C) NASA/Kim Shiflett

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    SLSの打ち上げの想像図 (C) NASA

次の関門は打ち上げリハーサル

フロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センターで組み立てられたSLSの1号機は、移動式発射台に載せられ、日本時間3月18日6時47分にVAB(Vehicle Assembly Building:組立棟)から出発した。

SLSの先端には、無人の「オライオン」宇宙船や、相乗りする超小型衛星などがすでに搭載されている。

発射台とロケットはゆっくりと移動し、そして10時間28分後の18日17時15分、VABから約6.4km離れたところにある同センターの第39B発射施設に到着した。

SLSにとって次の関門となるのは、「ウェット・ドレス・リハーサル(wet dress rehearsal)」と呼ばれる試験である。これは、実際の打ち上げと同じように、ロケットのタンクに推進剤を入れたり、カウントダウンをしたり、打ち上げ延期や中止時の対応をしたりと、準備作業や手順の確認を行う、予行練習のことである。

今後、まずはSLSと、その先端に搭載されているオライオン、そして地上システムの確認を行ったのち、リハーサルを実施する。現時点で同リハーサルは、米国時間4月3日に実施される予定となっている。

NASAの宇宙探査システム開発担当の副長官を務めるトム・ウィットメイヤー(Tom Whitmeyer)氏は「SLSが組立棟から姿を見せたのは、このロケットと宇宙船にとって象徴的な瞬間であり、NASAにとって重要なマイルストーンです」と語る。

「こうして初めて射点に立ったことで、私たちはロケットのシステムを動かして、打ち上げカウントダウンの予行練習をしたり、ロケットに推進剤を充填したりと、オライオンを月へ向けて打ち上げるための準備ができるようになります」。

リハーサルが無事に完了すれば、SLSはいったんVABに戻される。そして、リハーサルで使用したセンサーの取り外しや、バッテリーの再充電、物資の搭載、そして最終確認などを行い、いよいよ打ち上げに臨むことになる。

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    ウェット・ドレス・リハーサルに向けて準備が進む (C) NASA/Joel Kowsky