東北大学は3月30日、強磁場・極低温環境で動作し、数ピコ秒のパルスレーザーをカメラのストロボのように1秒間に約7600万回照射する「走査型ストロボスコープ分光顕微鏡」を開発し、トポロジカル物質の一種である「分数量子ホール液体」のエッジを、およそ秒速100kmで走る電子の様子を動画で撮影することに成功したと発表した。

同成果は、東北大大学院 理学研究科 物理学専攻の神山晃範大学院生、同・遊佐剛教授、物質・材料研究機構の間野高明主幹研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する物理とその関連する学際的な分野を扱うオープンアクセスジャーナル「Physics Review Research」に掲載された。

半導体中の電子は通常、気体中の分子のようにそれぞれが自由に動き回ることができるが、電子が動くことができる空間を2次元の平面内に制限した半導体を作ることで、付加価値の高い特性が得られるようになり、この技術はスマートフォンやLEDなど、さまざまな電子部品に応用されるようになっている。

このような2次元の半導体に垂直に磁場をかけて極低温に冷却すると、電子は分数量子ホール液体という奇妙な状態となることが知られており、この状態では、試料の端以外の部分は絶縁体となって電子は動き回れないが、試料の端には電気が流れることのできるエッジが形成される。

このような、試料の内部(バルク)は絶縁体であるにもかかわらず、試料のエッジや表面が金属的で電気が流れる特殊な性質を持つ物質は一般的にトポロジカル物質と呼ばれており、分数量子ホール液体もその一種で、分数量子ホール状態は分数電荷を持つ励起など、新規な物性を示すなど、トポロジカル物質は次世代の電子工学や量子コンピュータなどでの応用が期待されている。

こうした背景を踏まえ研究チームは今回、トポロジカル物質のエッジを高速で走る電子の波を捉えることを目的として、約500nm程度の空間分解能と、100ピコ秒の時間分解能を持ち、温度-273.11℃(40mK)、磁場14Tで動作する走査型ストロボスコープ分光顕微鏡を開発したという。

  • 走査型ストロボスコープ分光顕微鏡を用いた実験の様子

    実験の模式図。走査型ストロボスコープ分光顕微鏡を用いて、量子ホールエッジに沿って走る電子の波が測定された (出所:東北大プレスリリースPDF)

同顕微鏡では、ストロボ光に相当する数ピコ秒のパルスレーザー光を76MHz(1秒間に7600万回)周期で照射。電気パルスによって分数量子ホール液体のエッジを秒速100km程度の高速で伝搬する電子の波が生成され、この電子の波とストロボ光を同期させることで電子の波が静止して見えることを利用して、静止画像を取得。さらに電子の波とストロボ光のタイミングを連続的に変化させることで、動画の撮影が可能となる仕組みを採用。実際の観測から、分数量子ホール液体のエッジに沿って秒速100km程度の高速度で走る電子の波を、動画として可視化することに成功したという。

  • 測定された半導体試料の光学顕微鏡画像

    (a)測定された半導体試料の光学顕微鏡画像。電極に電気パルスを印加することで電子の波を生成できる。(b~g)試料からの発光の変化量の空間マッピング。Δtはパルスレーザー光と電気パルスの時間差が表されており、実時間に対応。青色の領域は被写体(電子の波)に対応しており、(c~e)のように試料の端を右方向に伝搬していく様子がわかる (出所:東北大プレスリリースPDF)

なお、今回用いられた走査型ストロボスコープ分光顕微鏡は、量子ホール状態を用いた2次元量子宇宙を模したシミュレータの実験を行う際に必要な、量子宇宙の幾何構造(計量)を観測する技術として応用可能だと研究チームでは説明しているほか、分数量子ホール状態やそのほかのトポロジカル物質の探索、エラーに強いとされるトポロジカル量子コンピュータ研究開発に利用することも期待できるともしている。