東京農工大学(農工大)は3月10日、通常電子デバイスにおいて邪魔者となるノイズを積極的に利用することで、従来は検出できなかった、分子の電子状態変化を捉えることに成功したと発表した。

同成果は、農工大大学院 工学府物理システム工学専攻の桶田知宏大学院生、農工大 工学研究院 先端物理工学部門の生田昂助教、同・前橋兼三教授、東京大学 総合文化研究科・教養学部の正井宏助教、同・寺尾潤教授、京都大学 大学院工学研究科 合成・生物化学専攻の玉木孝博士研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、応用物理学を扱う学術誌「Applied Physics Express」に掲載された。

通常、電子デバイスを利用した分子検出(センサ)においては、高感度な検出(高信号雑音比:高S/N比)を実現するために、いかに信号強度を大きくするか、あるいは、いかにノイズを小さくするかが重要視されてきており、ノイズは信号を劣化させる邪魔者という扱いであった。

しかし、近年、ノイズを積極的に活用することで、ノイズを新しい情報源として扱う手法が提案されるなど、ノイズの価値観が変わりつつある。そうした中、研究チームは今回、分子と分子の相互作用が電子デバイスに対して引き起こすノイズ変化に注目し、従来デバイスでは検出できず、紫外線光電子分光などの大型装置を利用しなければ検出できなかった、分子の電子状態変化の検出を目指したという。

今回の研究では、分子由来のノイズを取得するための電子デバイスとして、表面上の状態変化に敏感で、自体から出るノイズが小さいことから、外部からのノイズ検出に有望な材料とされるグラフェンを用いた電界効果トランジスタ(FET)が採用された。このグラフェンFET上に有機分子の一種である金属錯体が載せられ、酸化作用の高いラジカル性分子である二酸化窒素(NO2)と非ラジカル性である二酸化硫黄(SO2)にさらすことで、金属錯体の電子状態変化を起こし、その後、グラフェンFETのノイズ特性評価が実施された。その結果、ラジカル性のNO2を導入した場合のみに、特定の周波数を持つノイズ(周波数ノイズ)の変化が見られたという。これは、ラジカル性分子のNO2が金属錯体に吸着することにより、金属錯体の電子状態(HOMO/LUMO準位)が大きく変化したことに由来していると考えられるという。

また、この実験結果からグラフェン上の金属錯体の電子状態変化を周波数ノイズにより確認することに成功したともしている。これは、従来の直流(DC)測定では得られない分子の情報が取得できており、新たな分子評価技術の確立につながる研究成果となるとしている。

なお、研究チームでは、今後、今回の成果と従来の計測方法を融合させ、電子デバイスを利用した、大型分析装置に匹敵する分子の評価技術の開拓を目指すとしている。

  • グラフェンFETの周波数ノイズ

    (左)ラジカル性分子のNO2を導入したときのノイズの周波数依存性。(右)非ラジカル性分子のSO2を導入したときのノイズの周波数依存性。縦軸のパワースペクトラム密度はグラフェンFET中のノイズの量が表されている。ラジカル性のNO2の場合のみ金属錯体分子の電子状態が変化し、100~1万Hzで周波数ノイズが増加している。一方で、非ラジカル性のSO2の場合では金属錯体の電子状態が変化せず、ノイズの増加は観察されなかったという (出所:農工大プレスリリースPDF)