広島大学、東京大学(東大)、高輝度光科学研究センター(JASRI)の3者は3月2日、電子輸送性ポリマー半導体の高性能化に有望な新しいπ電子系骨格「NPI」を開発し、それを用いたn型半導体ポリマー「PNPI2T-oF2」の電子移動度が0.7cm2/Vsと、ベンチマークn型ポリマー半導体「N2200」の5倍以上の値を記録したと共同で発表した。
同成果は、広島大大学院 先進理工系科学研究科 応用化学プログラムの三木江翼助教、同・岩﨑優佳大学院生、JASRIの小金澤智之主幹研究員、物質・材料研究機構(NIMS)の角谷正友主席研究員、東大大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻の岡本敏宏准教授、広島大大学院 先進理工系科学研究科 応用化学プログラムの尾坂格教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米化学学会の化学とその関連分野全般を扱う学術誌「Chemistry of Materials」に掲載された。
ポリマー半導体は、印刷法で薄膜化が可能な有機半導体だが、電荷が正孔(ホール)であるp型半導体の研究開発が進んでいるものの、電荷が電子であるn型半導体の開発は遅れているという。
その理由として、π共役系を主鎖に有するポリマー半導体は本質的に電子が豊富であり、電子受容性が低いことが原因として考えられており、これまでの研究では、電子受容性を高めるために、電子求引性の強いイミド基が置換されたπ電子系骨格を使ったポリマー半導体が開発されてきたものの、実際に高い電子移動度を示すポリマーは限られていたという。これは、イミド基が立体障害となり、電子輸送パスとなるポリマー主鎖の平面性が崩れ、ポリマー主鎖の配列構造を乱すことが理由だとされており、研究チームは今回、そうした立体障害がない新規なイミド基を持つπ電子系骨格の開発に取り組むことにしたという。
具体的には、広島大の研究チームがかつて開発した、電子輸送性の発現には不十分だったπ電子系骨格「NPE」の電子受容性をさらに高める試みとして、NPEの2組の隣接するエステル基同士をイミド基に変換(イミド化)したπ電子系骨格「NPI」を開発。量子化学計算により、両骨格が持つ静電ポテンシャルが算出されたところ、NPIはNPEよりも電子受容性が高いことが示唆されたという。
また、東大の研究チームは第一原理計算手法を用いて、NPIとNPEを有するポリマー半導体のモデル化合物のバンド構造の計算を実施。その結果、NPIを用いることで、ポリマー半導体は高い電子移動度が示されたという。
さらに、量子化学計算によりNPIを主鎖構造に有するポリマー「PNPI2T」の構造を調査したところ、ベンチマークn型ポリマー半導体N2200に比べ、平面性が大きく向上していることが確認されたほか、ポリマー薄膜のX線構造解析から、PNPI2Tのポリマー主鎖同士の距離は3.4Å程度と、N2200の3.9Åに比べて小さく、ポリマー主鎖が平面的で秩序高く配列しており、電子が流れやすい構造を形成していることが判明したとする。
しかし、PNPI2Tを半導体層として作製された有機トランジスタ素子は0.19cm2/Vsと、同条件で作製されたN2200素子の電子移動度である0.14cm2/Vsよりもやや高い程度であり、N2200に比べて電子受容性が低いことが原因と考えられたことから、さらなる電子受容性の向上に向け、電気陰性度の高い原子であるフッ素を2つ、互いに反対を向くように置換したPNPI2T-oF2を合成。薄膜の光熱偏向分光測定より、PNPI2T-oF2はPNPI2Tよりも高い秩序のポリマー主鎖構造を持つことが判明。その結果、PNPI2T-oF2を用いた素子の電子移動度は0.7cm2/Vsと大幅に向上。これは、N2200素子よりも5倍以上高く、アモルファスシリコンと同等の値であるという。
なお、研究チームは今後、化学構造を最適化することで、さらに電子移動度が向上することが期待できるとしているほか、今回開発されたポリマー半導体を有機薄膜太陽電池や有機熱電変換素子などへ応用することの検討も進めているとしている。