理化学研究所(理研)は1月25日、金属磁性体の磁気異方性を制御することで、固体中の電子スピンが形成する渦状の磁気構造体「スキルミオン」とは逆符号のトポロジカル数を持つ反渦上磁気構造体「アンチスキルミオン」が安定化する条件を見出したと発表した。

同成果は、理研 創発物性科学研究センター(CEMS)強相関物質研究グループの軽部皓介研究員、同・田口康二郎グループディレクター、CEMS 電子状態マイクロスコピー研究チームのポン・リソン基礎科学特別研究員、同・于秀珍チームリーダー、CEMS 強相関理論研究グループのマーセル・ヤン訪問研究員(現・独・カールスルーエ工科大学 研究員)、同・十倉好紀グループディレクター(CEMSセンター長兼任)、独・アウクスブルク大学のイシュテバン・ケシュマルキ教授、同・ハンス-アルブレヒト・クルグフォンニダ教員、同・マムーン・ヘミダ教員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、機能性材料に関する化学と物理学を扱う学際的な学術誌「Advanced Materials」にオンライン掲載された。

スキルミオンは固体中の電子スピンが形成する渦状の磁気構造体で、整数のトポロジカル数で特徴付けられ、安定な粒子として振る舞う(粒子として扱われる)。また、直径が1~100nmと微小であることに加え、低電流で駆動できることから、高性能の磁気デバイスや脳型計算用素子への応用が期待されている。そうしたトポロジカル磁気構造として近年注目されているのが、スキルミオンと逆符号のトポロジカル数を持つ、反渦状の磁気構造体であるアンチスキルミオンだという。

  • アンチスキルミオン

    (a)はスキルミオン、(b)はアンチスキルミオンの模式図。青と赤の矢印は面内(紙面内)のスピン(または磁気モーメント)の向きが示されている。点線の内側(◯の中に●)のスピンは手前、外側(◯の中に×)のスピンは奥を向いている (出所:理研Webサイト)

スキルミオンはこれまでにさまざまな磁性体で観測され、研究も進んでいるが、アンチスキルミオンは観測例がこれまで、D2d対称性の結晶構造を持つホイスラー合金「Mn1.4Pt0.9Pd0.1Sn」と、理研の軽部研究員らが発見したS4対称性の結晶構造を持つ「Fe1.9Ni0.9Pd0.2P」の2つのみであり、研究はそれほど進んではいない。

ただし、これらの物質では、結晶構造の対称性を反映したジャロシンスキー・守谷相互作用が磁気構造を決める重要な役割を果たしているが、強磁性体において系を特徴付ける磁気異方性と静磁エネルギーも重要な要因であることが、最近の研究から分かりつつあるともいうが、アンチスキルミオンの安定性がこれらの複雑な磁気相互作用とどのように関係しているのかについては、良く分かっていなかったという。

そこで研究チームは今回、S4対称性を持つ「シュライバーサイト」と呼ばれる金属磁性体「(Fe,Ni)3P」のさまざまな組成の単結晶試料を合成し、磁気状態の組成変化を系統的な調査を行ったという。

  • アンチスキルミオン

    (Fe,Ni)3Pの結晶構造の模式図。(Fe,Ni)3PはS4対称性(4回回反軸のみ存在)に分類される正方晶であり、3つの非等価な金属サイト(M1、M2、M3)が存在する (出所:理研Webサイト)

その結果、母物質であるFe3Pの強い「容易面型」の磁気異方性が、Niを30%程度加えることで急速に弱まることが判明したほか、4d遷移金属のRuを少量ドープしても磁気異方性はほとんど変化しないのに対し、Pdを少量ドープすると磁気異方性が容易面型から容易軸型に変化し、室温で安定なアンチスキルミオンが観測されることも確認。また、Rhをドープした試料では、高温で弱い容易軸型の磁気異方性を示し、低温では異方性が容易面型に温度変化することも確認されたという。

  • アンチスキルミオン

    磁気異方性の組成・温度変化。(Fe,Ni)3P(Fe:63%、Ni:37%)と4d遷移金属(Pd、Rh、Ru)を少量ドープした試料における磁気異方性エネルギーの温度依存性。異方性エネルギーが負であれば容易面型、正であれば容易軸型となる (出所:理研Webサイト)

さらに、これらのさまざまな組成や条件(温度、試料の厚さ)での磁気構造を調べ、アンチスキルミオンおよびスキルミオンの安定領域を容易軸型の磁気異方性エネルギーと静磁エネルギーに対しマッピングしたところ、両者の適切なエネルギーバランスがアンチスキルミオンの安定化に重要であることが判明したほか、理論的シミュレーションによる磁気異方性によるアンチスキルミオンの安定化再現が実験結果と合致することも確認されたという。

  • アンチスキルミオン

    アンチスキルミオンとスキルミオンの安定領域。PdとRhをドープした試料のさまざまな温度や厚さに対し、ローレンツ透過型電子顕微鏡で観測されたアンチスキルミオンとスキルミオンの存在領域(それぞれ赤と青のシンボル)を磁気異方性エネルギーと静磁エネルギーに対してマッピングしたもの (出所:理研Webサイト)

なお、今回の研究から、(Fe,Ni)3Pは物質組成を変えることでその磁気異方性を自在に制御でき、室温でアンチスキルミオンを安定化させるのに優れた物質であることが示されることとなったほか、アンチスキルミオンの安定化には容易軸型の磁気異方性と静磁エネルギーのバランスが重要であることが実験的・理論的に実証されたことから、研究チームでは、今回の成果について、今後のアンチスキルミオンのトポロジカル物性の研究および物質設計に役立ち、また室温アンチスキルミオンを用いたさまざまな高性能磁気デバイスの実現に貢献するものとなるとしている。