物質・材料研究機構(NIMS)は1月18日、「ダイヤモンド電界効果トランジスタ(FET)」を新しい設計指針に基づいて作製し、高い正孔移動度とノーマリオフ動作を示すことを実証したと発表した。

同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA) ナノシステム分野 表面量子相物質グループの笹間陽介NIMSポスドク研究員、同・山口尚秀主幹研究員(筑波大学 数理物質系(連携大学院)准教授兼務)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のエレクトロニクスの基礎から応用まで全般を扱う学術誌「Nature Electronics」にオンライン掲載された。

ワイドバンドギャップ半導体として優れた特性を有するダイヤモンドは、次世代の半導体素材としてその活用が期待されている。特に、正孔の動きやすさを示す移動度は室温で2000cm2V-1s-1以上と、ほかのワイドバンドギャップ半導体よりも1桁以上も高く、実現が難しいとされる高特性のワイドバンドギャップpチャネルFETを作れる可能性があるともされている。

中でも、ダイヤモンド表面の結合の手が余っている炭素原子に水素を結合させた「水素終端ダイヤモンド」は、p型の半導体特性を容易に得ることができることから、研究開発が盛んに行われている。しかし、トランジスタ構造にすると正孔の移動度が低下し、ダイヤモンド本来の1/10~1/100程度の値にしかならないという課題があったという。

また多くの場合、ゲート電圧がゼロの場合にもドレイン電流が流れる「ノーマリオン動作(デプレッション型)」が示されてきたが、安全の観点からゲート電圧がゼロの場合にはドレイン電流が流れない「ノーマリオフ動作(エンハンスド型)」が望まれている。しかし、ノーマリオフ動作にするためには、水素終端を部分的に壊すなど、さらに移動度を下げる要因となる特殊な手法が必要とされており、課題となっていた。

そこで研究チームは今回、これまで主に使われてきたアルミナなどの酸化物に代わり、「六方晶窒化ホウ素」をトランジスタのゲート絶縁体として使うことを考案。さらに、水素終端ダイヤモンド表面を大気に晒さない新しい作製手法を用いることで、ダイヤモンドトランジスタの開発を試みることにしたという。

その結果、従来に比べて優れた特性を示すダイヤモンドトランジスタの開発に成功したという。

六方晶窒化ホウ素としては、高温高圧合成した単結晶を劈開して薄片化したものが、ダイヤモンドに貼り合わせて用いられ、作製されたトランジスタのオン状態の正孔の室温移動度は、680cm2V-1s-1に達することが確認された。これは酸化物などのゲート絶縁体を使った一般的な手法に比べて5倍以上の値だという。

  • ダイヤモンドFET

    (a)今回の研究で作製されたダイヤモンドFETの構造。正孔の密度と移動度を正確に評価するために、ゲート電圧をかけながらホール効果の測定が可能な構造が採用された。(b)ダイヤモンド表面を水素プラズマに晒して水素終端化したあと、大気に晒さずArで満たされたグローブボックスに搬入し、その中で劈開した六方晶窒化ホウ素単結晶薄片を貼り付けることで、アクセプタとして働く大気由来の吸着物の低減がなされた (出所:NIMSプレスリリースPDF)

また、安全性の観点から重要となるノーマリオフ動作も実現。高い移動度に伴って、これまでに報告された中でも高いチャネル伝導度(シート抵抗に換算して1.4kΩ)や高い規格化電流密度(1600μm mA mm-1)も得られたとした。

  • ダイヤモンドFET

    (a)作製されたダイヤモンドFETのチャネルの室温での正孔移動度。(b)同じく正孔面密度。(c)同じくシート伝導度(シート抵抗の逆数)のゲート電圧依存性。(a)と(b)はホール効果測定によって評価された (出所:NIMSプレスリリースPDF)

今回の研究開発における成功の鍵として、必要不可欠だと考えられてきたのが、正孔を生じさせる不純物「アクセプタ」を取り除くという従来と真逆の設計指針を用いたことが挙げられるという。

  • ダイヤモンドFET

    (a)作製されたダイヤモンドFETおよび先行研究の正孔移動度と正孔面密度。図中の抵抗値は、チャネルのシート抵抗。(b)作製されたダイヤモンドFETおよび先行研究のオン電流密度とオン・オフ比。オン電流は、(チャネル長)/(チャネル幅)で規格化した値が示されている。GaNおよびSiCのpチャネルFETの結果も示されている (出所:NIMSプレスリリースPDF)

研究チームは今回の実験と理論の比較によって、アクセプタがトランジスタの性能を制限しており、むしろ取り除くべきだという指針を得たとするほか、今回の研究から、理論的には、アクセプタがなくても、ゲート電圧で反転層として正孔を生成できることがわかったとし、新たな手法が考案される結果となったという。用いられた六方晶窒化ホウ素は、グラファイトに似た構造を持つ窒素とホウ素からなる層状の絶縁体で、アクセプタとなりうる未結合手が表面に少ないと考えられるという。

  • ダイヤモンドFET

    異なるゲート電圧におけるドレイン電流電圧特性。丸印:実験値、実線:反転層チャネルの標準的な理論による計算結果。ゲート電圧は、一番上の特性が10V、下に向かって1Vずつ変化 (出所:NIMSプレスリリースPDF)

単結晶薄片を貼り合わせる手法のために、一般的な原子層堆積などの成膜によるゲート絶縁体形成の場合に生じうるアクセプタの生成も避けられるほか、水素終端ダイヤモンド表面を大気に晒さないことで、大気由来のアクセプタも低減可能であるため、従来にない高いトランジスタ特性が得られたと考えられるとしている。

トランジスタの出力特性は、反転層の特性を示す標準的な式を使って精度よく説明され、新しい設計指針の妥当性も確認されたとしており、この結果は、外部にアクセプタを付加する特殊な構造ではなく、シリコンのような一般的な半導体と同じ設計思想で、水素終端ダイヤモンドを使ったFETを作製できることを示すものであるとのことで、これにより今後のダイヤモンドトランジスタ開発の新しい指針を提供するものとなるとしている。

研究チームでは、格子振動による散乱で決まるダイヤモンド固有の正孔移動度には今回の素子では到達していないため、さらなる移動度の向上の余地があると考えられるとしており、今後は大気由来のアクセプタおよびほかの界面欠陥の低減を進めることで、より高い移動度を持つダイヤモンドトランジスタの実現を目指すとしているほか、より実用に適した構造・作製手法を持つダイヤモンドトランジスタの開発も進めていくとしている。