全長120m、全備質量5000t--。史上最大・最強にして、史上初の完全再使用ロケットが、ついにその姿を現した。

いまをときめくイーロン・マスク氏が、人類を火星に移住させる計画を発表してから約5年。2021年8月7日、それを実現するための巨大ロケット「スターシップ/スーパー・ヘヴィ」の試作機が発射台で組み上げられた。

マスク氏は「数週間以内に軌道へ打ち上げる」と豪語。ロケットと宇宙船、そして発射台の準備が急ピッチで進んでいる。

  • スターシップ

    ついに姿を現した、スターシップ/スーパー・ヘヴィの試験機 (C) SpaceX

マスク氏の火星移民計画

マスク氏が、人類を火星に移住させる構想と、そのための巨大なロケットと宇宙船の開発を発表したのは、2016年9月、メキシコで開催された「国際宇宙会議2016」の壇上でのことだった。

「Making Humans a Multiplanetary Species(人類をいくつもの惑星へ播種する)」と題されたこの講演で彼は、人類が地球に住み続ける限り、戦争や伝染病、小惑星の衝突などによって、滅亡する危険があると指摘。だが、もしほかの惑星、天体にも人類が住めるようになれば、たとえ地球が滅びても、人類という種は生き続けることができるとした。

そして、それを叶えるため、巨大なロケットと宇宙船からなる「惑星間輸送システム」を開発し、一度に100人規模の人間を火星に送り込み、そして40~100年かけて、火星に人口100万人以上の自立した文明を築く、と表明したのである。

マスク氏にとって、この構想は降って湧いた出たものではなく、子どものころから暖め続けてきたものであり、宇宙企業スペースXを創設した最大の動機でもあった。スペースXはいま、再使用可能なロケット「ファルコン9」や、史上初の民間宇宙船「クルー・ドラゴン」の開発、運用で、世界の宇宙開発界隈で主役のような立ち位置にいるが、マスク氏にとっては通過点に過ぎないのである。

それから5年が経った現在、ロケットや宇宙船の姿かたちは変わり、名前も「スターシップ/スーパー・ヘヴィ(Starship/Super Heavy)」と変わったものの、火星を目指すというそもそもの目的、そして実現に必要とする4つの技術、「完全に再使用できるロケットと宇宙船」、「最適な推進剤の使用」、「地球周回軌道での推進剤再補給」、そして「火星での推進剤の生産」を開発するという方針は変わっていない。

  • スターシップ

    スペースXが構想する火星都市の想像図 (C) SpaceX

スターシップ/スーパー・ヘヴィ

現在、スペースXが開発しているスターシップ/スーパー・ヘヴィは、全長120m、直径9mもの巨大な機体であり、地球低軌道に100t以上の打ち上げ能力をもつ。

ロケットとしては2段式で、スーパー・ヘヴィが第1段、スターシップが第2段兼、宇宙船となる。スーパー・ヘヴィは全長70m、直径9mで、29基から33基のエンジンを装備。スターシップは全長50m、直径9mで6基のエンジンを装備する。

5年前に発表された構想時から一回りほど小さくはなったものの、依然として大きさ、打ち上げ能力ともに、史上最大のロケットである。

スターシップ/スーパー・ヘヴィの特徴のひとつは、その巨体もさることながら、「完全に再使用できるロケットと宇宙船」という点である。従来のロケットは、機体を打ち上げごとにすべて使い捨てており、それが高コスト化の要因のひとつとなっていた。スペースXはすでにファルコン9ロケットの再使用に成功しているが、第1段機体とフェアリングのみであり、コストダウンの幅は限られている。

そこでスターシップ/スーパー・ヘヴィでは、スペースXにとってお家芸である再使用技術をさらに進歩させ、ロケットにあたるスーパー・ヘヴィ、宇宙船にあたるスターシップともに、機体のすべてを再使用できるようにする。旅客機のように何度も飛ばせるようにすることで、打ち上げをはじめとする火星飛行のコストを大きく引き下げることを目指すという。マスク氏によると、スターシップ/スーパー・ヘヴィの1回あたりの打ち上げコストは200万ドル、また1人あたりの火星までの運賃は20万ドルを目指すとしている。

スターシップ、スーパー・ヘヴィともに、ロケットエンジンには「ラプター」という新開発エンジンを使う。このラプターは、推進剤に液体酸素と液化メタンを使う。マスク氏は「この組み合わせこそ、火星移民にとって最適」と語る。

まずメタンを燃料に使うと、エンジンの比推力(燃費のような指標)が向上する。また安価で、調達や扱いがしやすいこともあり、全体のコストダウンに寄与する。さらに、エンジンの再使用性、耐久性にとって障害となるサルファアタックやコーキングといった現象の度合いも少ないため、前述した再使用にも向いている。

打ち上げ後には、人や物資を載せたスターシップに、推進剤を積んだタンカー仕様のスターシップをドッキングさせ、推進剤を補給。ふたたび満タンになったスターシップは火星へ向けて飛んでいく。1機のスターシップ/スーパー・ヘヴィは、地球低軌道に約100tの打ち上げ能力をもつが、推進剤の再補給を受けることで、100tの物資を積んだまま、火星などへ飛んでいくことができる。

この「地球周回軌道での推進剤再補給」により、打ち上げ回数は増えるものの、トータルでは効率よく地上と地球周回軌道、そして地球周回軌道から火星を飛行することができるようになる。またメタンは、液体水素と比べて沸点が高いこと、液体酸素とほぼ同じ温度で保管できることなどから、宇宙空間での長期の保管、そして軌道上での補給にも適している。

さらに、火星で水を電気分解すれば酸素を取り出すことができ、メタンもサバティエ反応という化学反応を使うことで二酸化炭素と水素から生産ができる。つまり、火星で“現地生産”ができるため、地球からわざわざ帰還用の推進剤を運び入れる必要がなくなるという大きなメリットもある。

スターシップ/スーパー・ヘヴィは、とにかくその史上最大の巨体と強大な打ち上げ能力に目がいくが、その中に火星移住を叶えるための4つの技術が秘められている点が重要かつ大きな特徴なのである。

  • スターシップ

    飛翔するスターシップの想像図。その巨体には、人類の火星移住を実現するために必要なさまざまな鍵が秘められている (C) SpaceX