スターシップ/スーパー・ヘヴィの開発

スペースXはまず、スターシップのタンクやロケットエンジンなどの要素単位での開発から始め、その後すぐに、それらを組み合わせての飛行試験に移った。

また、当初は同社の施設があるカリフォルニアやフロリダで開発が行われていたが、その後、テキサス州ブラウンズビル近郊に「スターベース」と名付けた広大な施設を新設。開発や試験の拠点としている。

当初はタンクが破裂するなどのトラブルに見舞われたが、徐々に克服し、現在は「SN(Serial Number)」と名付けたスターシップの試作機の開発、試験が続いている。

SNシリーズの試験で最も話題となったのが、「高高度飛行試験(high-altitude flight test)」であった。この試験は、試作機を高度約10kmまで打ち上げたのち、機体を寝かせて降下。そして着陸直前に機体を立てて垂直に着陸するといった、一連の飛行の流れを確認することを目的としていた。

試験は2020年12月、「SN8」の飛行から始まり、今年3月までに「SN11」までの4機が飛行。いずれも着陸に失敗したり、空中で爆発したりといった憂き目にあった。それを踏まえて、同社は機体の設計からエンジン、電子機器まで大幅に改良した「SN15」を開発(SN12から14までは欠番)。着陸方法にも改良を加えたうえで、5月6日に、ついに完全な成功を収めた。

スーパー・ヘヴィの試作機に関しては、一度も飛行はしていないが、製造技術の確認などを目的とした機体が造られている。

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    スターシップ試作機の飛行試験の様子。画像はSN10のもの。このあと、SN15で完全な成功を収めた (C) SpaceX

そしてスペースXは現在、無人での地球周回軌道への打ち上げと、帰還技術の実証を目指し、スターシップ試作機「SN20」と、スーパー・ヘヴィの試作機「ブースター4」の開発を行っている。今回、スターベースの発射台に現れたのはこの2機であり、両者が初めて結合された姿でもあった。

マスク氏によると、打ち上げは「数週間以内」を予定しているといい、すなわち9月中にも試みられることになる。ただ、機体の開発や試験状況、そして打ち上げの許認可を出す米国連邦航空局(FAA)や環境保護庁の判断にも左右されるため、実際にいつになるかはまだ不透明である。

今年5月に連邦通信委員会(FCC)に提出された資料によると、SN20/ブースター4はスターベースからの打ち上げ後、メキシコ湾の上空で分離。ブースター4はエンジンに再着火し、やや陸地側に戻るように飛んだあと、発射場から約20kmの海上に着水する。

一方SN20はそのまま飛行を続け、地球の周回軌道に乗る。そして地球を約1周したのち、大気圏に再突入。着陸を模した動作を行った末に、ハワイ近くの海上に着水する。再突入を行うため、SN20には耐熱タイルも取り付けられている。

スターシップもスーパー・ヘヴィも、本来は発射台、もしくは海上の船に着陸することが計画されているが、今回はあくまで試作機による飛行試験であるため、安全のため海に投棄する。

マスク氏は今年初め、Twitterを通じて「軌道への打ち上げ自体は、比較的早くに成功する確率が高いが、軌道からの再突入と着陸を成功させるまでには、何度も試行錯誤を重ねることになるだろう」とコメントしている。

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    打ち上げ試験に向けた準備が進むスターシップSN20。大気圏再突入時の熱に耐えるための耐熱タイルが貼られている (C) SpaceX

進む開発、前代未聞の新技術も

スペースXはまた、スターベースにあるスターシップ/スーパー・ヘヴィの発射台に取り付ける、「メカジラ(Mechazilla)」、または「ステージ・ゼロ(Stage Zero)」と呼ぶ新しい発射・着陸システムも開発している。

従来の計画では、スターシップもスーパー・ヘヴィも、下部の着陸脚で地面に着陸することになっていたが、発射台のタワーに巨大な2本のアーム(マスク氏はchopsticks(箸)と呼んでいる)を取り付け、上空から逆噴射しながら舞い降りてきたスターシップやスーパー・ヘヴィを挟んで捕まえて回収しようとしている。これにより、着陸脚や、着陸時の衝撃に耐える構造が不要になるため、軽量化やコストダウン、再使用性の向上などが見込め、同一の機体を1日3回飛行させることも可能になるとしている。

また、スターシップをスーパー・ヘヴィの上に乗せるための、組み立てクレーンとしても使うという。

さらに、「デイモス」と名付けられたプラットフォーム船の改修作業も行われており、早ければ2022年から打ち上げと着陸に使う予定だという。

有人飛行の実現時期は未定だが、2023年ごろには、実業家でZOZO創業者である前澤友作氏と、公募で選ばれた8人を乗せた、月への飛行ミッション「dearMoon」が計画されている。

米国航空宇宙局(NASA)もスターシップに期待を寄せており、今年4月には国際共同による有人月探査計画「アルテミス」で使用する、宇宙飛行士を乗せて月周回有人拠点「ゲートウェイ」と月面とを往復する月着陸船に選定された。

マスク氏はまた昨年12月、「2022年には無人のスターシップを火星に送り込みたい。そして2026年、早ければ2024年には人類初の有人火星着陸を行いたい」とも語っている。

これまでの開発、試験で、スターシップとスーパー・ヘヴィの機体が造れることはほぼ実証された。メタンを燃料に使うラプター・エンジンも、地上での燃焼試験やSNシリーズでの飛行試験を通じて、順調に開発と試験が進んでいる。

一方で、火星はおろか、地球周回軌道への飛行もまだ行われておらず、とくに最も難しい関門となる大気圏再突入の実証もまだこれからである。軌道上での推進剤補給と火星での推進剤の生産の技術に関してはほとんど手つかずであり、まだまだ道のりは遠い。

それでも、計画発表からわずか5年、その前の構想段階を含めても10年足らずで、史上最大のロケットの打ち上げにまでたどり着いたことは、従来のロケットや宇宙船の開発、試験の常識から考えると驚くべきものである。

新型コロナのパンデミックにより、マスク氏が憂いる地球滅亡の危機が、決して空想ではなく現実に起こりうることなのだと誰もが強く認識したいま、スターシップは地球からの脱出手段としてはもちろん、科学技術を正しく使えばどんな困難も乗り越えられるのだという意味でも、人類の希望となりつつある。

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    打ち上げに向けた準備が進むスターシップSN20とブースター4 (C) SpaceX

参考文献

Elon Muskさん (@elonmusk) / Twitter
SpaceX - Starship