2021年3月19日に火災が発生したルネサス エレクトロニクスの生産子会社であるルネサス セミコンダクタ マニュファクチュアリング那珂工場の300mmウェハライン(N3棟1階)では、主に自動車向けマイコンや自動運転/運転支援用システムLSI(SoC)などが生産されていた。
その規模は、生産能力全体の約2/3ほどで、車載半導体に対する需要の急増と、後述するファウンドリへの生産委託一部取りやめによってフル稼働状態にあったが、今回の火災の影響により生産が止まってしまったことから、自動車メーカー各社にとっては、ただでさえ不足している車載半導体がさらに不足する懸念が広がっており、今週、他社への代替生産委託を含めてルネサス側と対策を協議する模様である。
ルネサス エレクトロニクスの柴田英利 代表取締役社長兼CEOは21日に開催した会見にて、「なんとか1か月以内での(元の生産能力をターゲットとして)生産再開にたどり着きたい」と述べたが、焼損した製造装置の入れ替えに関して装置メーカーと交渉する必要があり、スケジュールに関しては不透明感が残るともしている。半導体製造装置業界関係者の話によると、現在、半導体メーカー各社が増産を計画している関係上、半導体製造装置も奪い合いの状態であり、納期が1年以上の装置も少なくないという状況にあるという。
代替生産を行っている旭化成マイクロの製品への影響は?
2020年から2021年にかけて半導体工場が地震や停電など、予期しない事態で操業停止に追い込まれる事故が相次いでいる。半導体工場の火災としては、直近の事例として、2020年10月20日に発生した旭化成傘下の旭化成マイクロエレクトロニクス(宮崎県延岡市)半導体製造棟の火災があげられる。危険なガスや薬液が使われており、消防隊が発生現場に近づけず、結局数日にわたり燃え続けたため、クリーンルーム自体が焼け落ちてしまって、いまだに出火原因の特定はおろか、5か月たった今もライン復旧のめども立ってはいない。
同工場では、オーデイオメーカー向け半導体のほか自動車メーカー向けの特殊な車載半導体(自動車業界筋によると、横滑り防止装置や電動パワーステアリング装置用センサ系半導体)が製造されていたが、この種の特殊用途の半導体は代替品がなく自動車メーカーの操業に支障をきたしかねない事態となった。このため、ルネサスが、自動車メーカーの便宜を図り、那珂工場のN2棟(200mmウェハ)の遊休状態にあった製造装置を再稼働させる形で代替生産を始めている。N2棟は、今回の火災の影響は受けておらず、現在も稼働を継続している。
今回のルネサスの火災は、旭化成の場合とは異なり、焼損はクリーンルームの一部(約600m2)にとどまったことから、現場検証も3時間ほどで終わることができ、出火元や出火原因の特定がなされた。しかし、製造装置11台が焼損して使い物にならない状態なうえ、クリーンルームの付帯設備である空調システム、自動搬送(OHT)系レール、純水配管系なども損傷、およそ5時間におよぶ延焼により空調フィルタを含め、クリーンルーム全体が煤で汚染されるといった状況であり、原状回復には相応の時間がかかるものと考えられる。
地震については、日本の半導体工場の場合、レイアウト変更で装置の移動が困難なほど耐震対策が施されており、東日本大震災のようなよほどの大地震を除けば、装置の設置位置が多少動く程度で済むが、もっとも気を付ける必要があるのが、地震による長時間の停電だ。今回被災したルネサス那珂工場も2011年の東日本大震災の際には大きな影響を受け、自動車メーカー各社を中心とした多数の人的応援を得て復旧に臨んだが、それでも3カ月を要した。
異常寒波によって生じた米国テキサス州の停電
こうした長時間の停電が引き起こされたのが、2021年2月中旬に米国テキサス州を襲った異常寒波である。暴風雪の影響で、州都オースチンでは電力不足が発生。その影響から現地にあるSamsung Electronicsの子会社(Samsung Austin Semiconductor)、NXP Semiconductors(旧Freescale Semiconductor)、Infineon Technologies(旧Cypress Semiconductor)の各工場で長時間にわたる停電が発生。数週間にわたる操業停止により、世界的な半導体不足に拍車をかける事態となった。
Samsungは、操業を停止していたオースチンの製造ラインを3月2日より一部ながら稼働を再開させたが、稼働率が完全に元の状態に戻るのは5月以降になる見込みであるという。このため、同工場で製造していたSSDコントローラICや5G向けRFICの供給不足が生じており、SSDや5Gスマートフォンサプライヤ各社が製造調整を検討する必要性が生じている。
ルネサス那珂工場は、今回の火災の直前、2021年3月13日に福島沖で発生した地震の影響から、操業を一時停電していたが、2日かけて装置の点検を行い、同16日に操業再開したばかりで、一週間後には元の状態に戻る予定だった。そんな矢先に火災が発生したことになる。
車載半導体をTSMCから那珂工場に戻していたルネサス
ルネサス那珂工場は、45/40nmプロセスで微細化に対する投資を止めており、それ以降の微細プロセスを採用した半導体デバイスはすべて外部(主にTSMC)に生産委託してきたが、近年では40nmプロセスなどのレガシープロセスについても、外部で生産した方がコストを抑えることができるということから、社内での生産量を減らし、外部製造の比率を高めていた。
日本では、電気代などのインフラコストが高く、ファウンドリのスケールメリットを生かした材料調達費や製造コストには勝てないためである。
かつてルネサスは、大小合わせて22の半導体工場があったが、2021年3月時点でその数は9まで減っており、今後はファブレス化に向けて、さらに工場を減らす方向で検討が進められてきたという。この間、多くのプロセス開発技術者や製造担当技術者がリストラで退社を余儀なくされている。長年、同社の製造を統括してきた鶴丸哲哉会長(2013年より8年間にわたり代表取締役を務めてきた)も2021年3月に退任することとなっており、複数のルネサスOBからは、同社の製造技術力が弱体化しているとの指摘の声があがっている。
ファウンドリがフル稼働しても間に合わないほど、車載半導体を中心に世界的に半導体が不足し、納期遅れなどが各産業で生じるようになってきている。ルネサスもファウンドリに製造委託してきた製品の納期が見通せなくなってきたことから、2020年末までに方針を転換し、TSMCに生産委託していた車載半導体の一部を自社工場での生産に切り替えた。一度TSMCへの生産委託を引き揚げてしまえば、生産ラインの空きを待っていた別の顧客の分でその枠はすぐに埋まってしまい、再依頼は困難な状況となることを踏まえ、長時間、社内で議論を経たうえでの決断だった模様であるが、これが今回の火災では裏目にでる可能性もある。
柴田CEOにとっては、あらゆる手段を活用して全力で製造環境の急速な復旧を図るか、あるいは代替生産依頼先を探すしか難局を乗り切る道は残されていないだろう。前者については、半導体製造装置の需給がひっ迫する中、新たなめっき装置が入手できるのか、後者については、世界中の半導体メーカーがフル生産の中、代替生産の引き受け手を見出せるのかがカギになるだろう。ルネサス那珂工場の復旧が遅れれば、車載半導体の不足がさらに深刻化し、自動車産業に深刻な影響を与える可能性も出てくることが危惧される。