東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は3月5日、従来の恒星の進化や天体物理学の理論では形成不可能な太陽質量程度のブラックホールの起源を調べる新たな手法を提案したと発表した。

同成果は、Kavli IPMUのウラジーミル・タキストフ特任研究員/Kavli IPMUフェロー、カリフォルニア大学サンディエゴ校天体物理及び宇宙科学研究センターのGeorge M.Fuller所長、Kavli IPMU客員上級科学研究員を兼ねるカリフォルニア大学ロサンゼルス校のAlexander Kusenko教授らによる国際共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する学術誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載された。

2020年6月、米国の重力波望遠鏡「LIGO」と、イタリアとフランスを中心とした欧州の重力波望遠鏡「VIRGO」は、2019年8月に観測した「GW190814」の重力波事象の結果を発表した。この事象は、太陽の23倍の質量を持つブラックホールと太陽の2.6倍の質量を持つ「天体」の合体によって引き起こされたものだ。

2.6太陽質量の天体に関しては正体がわかっていないが、低質量ブラックホールもしくは比較的重い質量の中性子星が候補として挙げられた。ただし中性子星だとすると、その合体時に発せられるはずの電磁波が観測されていないことから、2.6太陽質量の天体はブラックホールである可能性の方が高いとされる。

しかし、2.6太陽質量の天体をブラックホールとすることにも難点がある。そのサイズでは小さすぎて、ブラックホールとしてあり得ないのだという。というのも、ブラックホールは少なくとも太陽質量の5倍程度はあるからだ。

超新星爆発を起こす大質量星は、最低でも太陽の8~9倍の質量を持つ。超新星爆発後にブラックホールと中性子星のどちらが残るかは、超新星爆発を起こした大質量星の質量だけで決まるわけではないため、きっちりとした境界線があるわけではないが、中性子星は太陽質量の20倍程度まで、ブラックホールは約20倍以上とされる。

つまり、ブラックホールを残す大質量星はどれだけ小さくても太陽質量の20倍程度はあるのだが、そこから生まれるブラックホールは太陽質量の5倍程度になる。大質量星の多くの質量は当然超新星爆発で吹き飛ばされるため、ブラックホールは大質量星と比べたらかなり軽くなるのだが、それでも太陽質量の2.6倍まで小さくなることはないという。

このように、中性子星の証の電磁波は出していないし、かといってブラックホールにしては軽すぎるという、正体不明の天体がGW190814の約2.6倍の天体なのだ。

そこで唱えられているのが、ブラックホールはブラックホールでも特別なタイプだとする説だ。ふたつの説があり、ひとつは、ビッグバンから間もない宇宙初期の熱い時代に形成されたと考えられている、太陽質量程度の「原始ブラックホール」そのものとする説。そしてもうひとつが、もともと太陽質量程度の中性子星が「変身」したのちに形成されたブラックホールとする説である。

ちなみに原始ブラックホールとは、1960年代半ばから1970年代初頭にかけて、ヤーコフ・ゼルドヴィッチ、イゴール・ノヴィコフ、スティーブン・ホーキングらによって存在が提唱された、超新星爆発由来の通常のブラックホールとは異なるものだ。ビッグバンから間もない初期宇宙において、水素ガスやヘリウムが高密度になって超新星爆発を経ずに重力崩壊を起こし、その結果、太陽程度の質量のブラックホールも誕生しうるとする仮説である。

この原始ブラックホールについては、宇宙の全物質のうちの約85%を占めると考えられている未知の物質「ダークマター」の候補のひとつに挙げられている。ブラックホールなので重力以外ではほかの物質と相互作用しない(重力レンズ効果などを利用して重力による影響を観測するしかできない)という、ダークマターの特徴を満たしており、近年注目されている。

一方、中性子星が変化して太陽質量程度のブラックホールになるには、次のふたつの可能性が考えられるという。ひとつ目は、太陽質量より圧倒的に軽い原始ブラックホールが宇宙に存在する中性子星に衝突し、飲み込み、中性子星をブラックホールに変身させたという説だ。このシナリオなら、もともと太陽質量程度の中性子星と同じ質量のブラックホールを作ることができる。そしてふたつ目は、ダークマターが重力の強い中性子星に降り積もり、大きくなった重力で中性子星が潰れ、ブラックホールに変身したという説だ。

そうした中、国際共同研究チームは今回、太陽質量程度のブラックホールの起源を探るための新たな調査手法を提案した。

中性子星は、太陽質量の約8倍から約20倍までの大質量星の超新星爆発の残骸として中心に残されると考えられており、その質量分布は観測的、理論的によく理解されている。今回の研究によれば、ダークマター(質量の軽い原始ブラックホールもしくは素粒子的ダークマター)によって、宇宙に存在する中性子星を変身させ、太陽質量程度のブラックホールを形成した場合には、そのブラックホールは元の中性子星と同じ質量分布を持つ必要がある。

  • 太陽質量ブラックホール

    (左)中性子星に衝突した圧倒的に軽い原始ブラックホールは、中性子星を内側から飲み込み、最終的に太陽質量程度のブラックホールへと変身させる。(右)中性子星の変身で生まれる太陽質量ブラックホールの質量は、重力崩壊から爆発までに時間がかかる超新星爆発もしくは重力崩壊から爆発までが早い超新星爆発の結果できる元の中性子星と同じ質量分布を持つ必要があることを示す。LIGOで観測された重力波イベントGW190814の成分のひとつとされる2.6太陽質量のブラックホールもこの質量範囲内に示されている (c) Takhistov et. al.(出所:Kavli IPMU Webサイト)

中性子星の質量分布は約1.5太陽質量にピークが見られるため、より重い質量の太陽質量程度のブラックホールの起源に関しては、ダークマターが降り積もることで中性子星をブラックホールに変身させるシナリオが起こった可能性は低いことが判明。

これは、LIGOなどにより検出された重力波事象において、実際に2.6太陽質量のブラックホールが関係している場合、そのブラックホールの起源については初期宇宙で作られた原始ブラックホールそのものである可能性があるということだ。原始ブラックホールが実在するとすれば、天文学に対して影響を与えることになるという。

国際共同研究チームは、今後の観測事象データに対しても今回の手法を用いることで、太陽質量程度のブラックホールがどのようにできたかという起源の特定に繋げる計画としている。