産業技術総合研究所(産総研) ナノシステム研究部門 ナノ炭素材料研究グループ 片浦弘道研究グループ長、田中丈士主任研究員および劉華平産総研特別研究員の研究チームは、多段のゲルカラムに単層カーボンナノチューブ(SWCNT)分散液を注ぐだけで、炭素原子配列の異なる半導体型SWCNTを簡単に分離・回収できる技術を開発したことを発表した。同成果は、英国の科学誌「Nature Communications」(オンライン版)に掲載された。

SWCNTには炭素原子配列(構造)により、金属的な性質のもの(金属型SWCNT)と半導体的な性質のもの(半導体型SWCNT)が存在する。半導体型SWCNTでは、半導体の電気的特性を決定づける「バンドギャップ」の大きさが炭素原子配列の違いによって変化するという特徴をもっており、通常、SWCNTを合成するとこれらのさまざまな電気的特性をもつSWCNTの混合物となっているため、SWCNTのもつ高性能が十分に発揮できないという問題点があり、高性能デバイスなどの実現のためには同じ電気的特性、すなわち同じ炭素原子配列をもつ半導体SWCNTだけを分離できる構造分離技術が求められていた。

現状では、これらの電気的性質の異なるSWCNTを選択的に合成する手法が無いため、混合物から個々の構造のSWCNTを分離することが試みられている。しかし、既存技術で精密な構造分離を行うには、高価な試薬を用い、長時間かけて慎重に処理する必要があり、大量に分離精製することは困難であるため、高純度で安価かつ大量処理が可能な、新たな分離技術の開発が求められていた。

これまで産総研では、SWCNTをアガロースゲルに固め込んだ状態の「SWCNT含有ゲル」に対してゲル電気泳動を行い、高い回収率で金属型と半導体型に分離する手法や、電場を用いずに分離する手法、そしてアガロースゲルカラムを用いて大量に分離する手法を開発してきた。今回は、それらの研究をさらに進め、より優れたSWCNTの分離法に発展させたという。

具体的には、これまでに開発したアガロースゲルを用いた金属型・半導体型SWCNTの分離手法では、半導体型SWCNTだけがアガロースゲルに吸着するという現象を利用し、効率の良い分離を実現していたが、同手法では、半導体型SWCNTを炭素原子配列の違いで分離することは困難であったことから、今回、この課題を解決するため、セファクリルという市販のゲルを用いて、新たな分離手法の開発を行った。

この結果、セファクリルゲルに過剰量のSWCNT分散液を投入すると、特定の炭素原子配列のSWCNTが選択的に吸着するという現象を発見。これは、SWCNTのゲルへの吸着力が構造によって異なることが原因と考えられることから、その知見を基盤に、少量のゲルを詰めた多数のカラムを直列に配し、そこに過剰量のSWCNT分散液を注ぐという、新しい概念のゲルカラム分離法を考案した。

図1 多段カラムへの過剰投入によるSWCNTの構造分離の模式図。今回の実験では6段のカラムを使用。少量のゲルを充填した6段のカラムに、過剰量のSWCNT分散液を注ぎ込み、余分なSWCNTを洗浄した後、個々のカラムから構造分離されたSWCNTを溶出させて回収した。下からあふれ出てきた分散液を、6段カラムに再度投入することを6回繰り返すと、実質的に36段の直列カラムとして機能する

同多段カラムを用いると、初段のカラムには、最もゲルに吸着しやすい構造の半導体型SWCNTだけが吸着し、その残りが2段目のカラムに注ぎ込まれる。2段目のカラムには、1段目のカラムに吸着しなかったSWCNTの中で最も吸着しやすい(つまり2番目に吸着しやすい)構造の半導体型SWCNTが吸着する。

この結果から、1段目には1番吸着しやすい半導体型SWCNTが、2段目には2番目に吸着しやすい半導体型SWCNTという順番でそれぞれのカラムに順番に吸着することになり、後でそれぞれのカラムに吸着した半導体型SWCNTを個別に溶出させることで、構造の異なる半導体型SWCNTを取り出すことが可能となる。今回は、1回目の分離で得られた構造分離されたSWCNT分散液を、再度多段カラムで分離することで、ほぼ単一構造のSWCNT13種類を分離することに成功したという。

図2 (右)今回分離した13種類の単一構造SWCNT分散液、(左)各分散液の光吸収スペクトル。右端の吸収ピークがバンドギャップ間光学遷移に相当し、それぞれが異なっている。スペクトルは、下から順にゲルとの相互作用が強い順に並べてある

これまでの分離手法は、原料SWCNTからその一部分だけを取り出すものがほとんどであったが、今回の分離手法は、原料SWCNTを細分化していく手法であるため、投入したSWCNTのほとんどをロス無く分離回収することが可能となる。また、半導体型の精密構造分離と同時に、金属型・半導体型の分離も行えるため、高純度の金属型SWCNTも分離回収できる。さらに、単一構造にまでは分離できなかった半導体型SWCNTも、複数の構造の混合物ではあるが、高純度の半導体型SWCNTとして回収され、単一構造SWCNTほどの高性能を要求されない用途には十分利用可能であるという。

同分離手法は、繰り返し使える市販のゲルと安価な界面活性剤のみを使用し、分散液をゲルに通すだけの簡単な処理であるため自動化も容易で、低コストかつ大量に分離することが可能であるほか、材料のロスがほとんど無く、分離に要するエネルギーも微小であるため、省エネ型の分離手法であることから、産総研では、今後、量産技術を確立し、単一構造半導体型SWCNTを次世代半導体材料として10年後の実用化を目指すとする。また、実用化を目指した応用展開を共同で開発するパートナー企業も求めていくとしている。