2020年7月最終週の米国議会ではGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の代表が長時間質問攻めにあった。通常ではカジュアルな格好をしている各社の代表者たちが神妙なスーツ姿で現れ、長時間にわたる反トラスト法に関する厳しいセッションをこなした。日本の国会答弁でも見られるような代議士のパフォーマンスのような質問もいくつかあったが、コロナ禍にあえぐ米国経済をしり目に巨大化し、ますます市場での影響力を強めるGAFAへの米国議会と独禁当局の警戒感の高まりは十分に感じられた。

国家としての枠組みを超えて増殖するGAFAの巨大な経済圏をどこまで国家がコントロールできるのかは米国だけの問題ではない。GAFAなどの独占的企業に対する当局の厳しい目はかつてマイクロソフトやIntelに巨額の制裁金を課した欧州でも光っている。プラットフォーマーが急成長し巨大企業化し国家間の問題に発展するのは何も米国発のGAFAに限ったことではない。中国発の巨大企業をめぐる動きが今年になって活発化している。国内に巨大市場を持つ中国企業がさらなる発展を求めて海外での市場拡大を積極化しているからである。

コンシューマーに圧倒的に近い存在のSNSプラットフォーマー

私自身、SNSのアプリケーションは一応使用しているが、自身の日々の活動を写真付きでアップロードするなどの能動的な使い方は一切していない。せいぜい知り合いがアップロードしたメッセージや写真などを暇がある時にチェックするくらいだ。しかし億人単位で世界中に存在する各SNSの殆どのユーザーは自身のサイトの閲覧数とフォロワーたちの反応に毎日一喜一憂する。しかも、そのほとんどの行為が手のひらサイズのスマートフォンの画面の上で完結する。SNS各社にとってはこの限られたディスプレーのスペースに自社アプリのアイコンがいくつ並ぶかは死活問題である。これらのアプリはコンシューマーに一番近い存在であるからだ。

  • iPhone SE

    私のiPhone SE(第2世代)のディスプレーにはありきたりのアイコンが並ぶ

米中の技術覇権争いはSNSに拡大、TikTokを排除するトランプ政権

米中の技術覇権争いは遂にこのコンシューマーに一番近いSNSプラットフォーマーの領域に入った。米国のトランプ大統領は中国のバイトダンスが運営する動画アプリTikTokの米国での事業への制限に踏み切った。同様の動きは対話アプリの「微信(ウィ―チャット)」へも波及した。ともに中国を中心に世界中に億人単位のユーザーを抱える大規模なSNS運営会社である。「国家安全保障上の脅威」を理由にいかにも唐突に出てきた話であるが、自身の選挙演説集会を反トランプ陣営の一部の人々にTikTokを通じて妨害されたトランプ大統領の逆恨みの結果などと単純には考えられない。技術覇権を拡大し続ける中国に対する米国の強硬な姿勢は、トランプ内閣の閣僚で筋金入りの反中国勢力であるライトハイザー氏やナヴァロ氏のような人物たちが長年描いてきた中国に対する外交政策の結果と考えるほうが妥当だろう。半導体や5G基地局などのハードウェアに続き、SNS領域に拡大した覇権争いであるが、運営会社の国籍などに頓着しないユーザーにとっては悩ましい問題になる可能性がある。

中国系のSNSプラットフォーマーと米国系のそれらの決定的な違いは、米国系は「中立性」と「独立性」を盾に政府の介入を極力排除しようとするのに対し、中国系は一党独裁の中国共産党政府の直接的な影響をうける点である。コンシューマーに一番近い存在なので、バックにある大きな政治的な力によって方向性がゆがめられ、思想誘導・統制などに使われる危険性があるという点には充分注意する必要がある。大統領自身がつぶやいたメッセージの信憑性をAIが判断して削除するくらいの影響力を持つ米系のSNSプラットフォーマー達には、米国政府だけでなく欧州の独禁当局の目が光る。それと同時に中国系プラットフォーマーの世界市場拡大に対抗する必要もある。

コンシューマーブランドを打ち立てたいマイクロソフトの夢

この状況で素早く動いたのがナデラ氏が率いるマイクロソフトである。ナデラ氏はトランプ大統領との直接対話でTikTokの米国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドでの事業の買収交渉の許可を取り付けた。米政府が一番懸念する個人情報の保護をマイクロソフトが保証するという条件付きである。45日という期限付きの交渉で巨額の買収プランをまとめ上げようという荒業であるが、コンシューマーブランドを打ち立てたいマイクロソフトの強い意気込みが感じられる動きである。

米国議会の反トラスト法に関する議会の質問攻めにあうGAFAの代表たちをしり目に素早く動きトランプ大統領の懐に飛び込んだナデラ氏は、マイクロソフトのブランドと事業内容をこれからも大きく変えていくであろう。

サティア・ナデラが2014年に前任のバルマー氏からCEO職を引き継いだ時のマイクロソフトは完全に停滞していた。長年パソコンプラットフォームのソフトウェアを独占してきたマイクロソフトにとって、スマートフォンの登場による急激なパラダイムシフトはそれまでに築いた資産があまりにも大きすぎたため変化の時機を逸したのである。

  • マイクロソフト

    筆者が保有するマイクロソフト製品の1つ。Officeのパッケージ。マイクロソフトブランドにはどうしてもビジネスの印象がついて回る

巨大企業となり、市場の変化に遅れを取ったマイクロソフトを改造するナデラのスピードの速さには目を見張るものがあった。ビジネスの主軸を素早くクラウドに移行し、それまでのマイクロソフトのポジションを脅かす存在に成長したGAFAの挑戦を見事に受け止めて、土俵に踏みとどまった現在のマイクロソフトはナデラ氏の手腕によるところが非常に大きい。

しかし、急激に変化する市場で生き残り成長するためにマイクロソフトに必要なものはコンシューマーブランドの確立だ。今までのマイクロソフトのコンシューマー戦略は必ずしも成功していない。携帯端末を取り込もうとしたWindows Mobileも、検索エンジンに打って出たBingもスマートフォンの画面にアイコンを確立するまではいかなかった。そのマイクロソフトにとって今回のTikTok事業の買収は千載一遇のチャンスである。米中の技術覇権争いの“火中の栗”を拾ってまでも手にしたい事業であることは確かだが、いろいろな制約がありその行方はナデラ氏の手腕次第であると思われる。かつてWintelと言われ、パソコンのハードとソフトの両輪として市場に君臨したマイクロソフトとIntelではその後の動きで大きく違いが出てきているように思える。今後のマイクロソフトの動きに注目したい。