その昔、料理が下手な妻を「メシマズ嫁」と称し、どこのご家庭にもある食材からダークマターを精製する妻の凄腕錬金術師ぶりを自慢しあう文化があった。

今でもその文化はあるだろうし、非凡な妻を持ってしまった凡夫の苦悩に寄り添う声も多い。

だが一方で「文句があるなら自分で作れば」と一蹴されるケースも増えてきており、最近では「誰も料理ができないなら作らなければいいじゃない」という考えも出てきている。

これは餓死を受け入れたマリーアントワネットではなく、それで家庭内がギスギスするぐらいなら、自炊にこだわる必要はないということだ。

総菜や外食=不健康というのも昔の話だ、経済的に可能であれば、食事は外注というのも十分ありだ。

ちなみにこの話題の時「愛情」という言葉はご法度である、言った瞬間別室に連れていかれ、戸籍からも存在を抹消されるので絶対口にしてはいけない。

料理に限らず、やってもらっていることにはケチをつけるべきではなく、文句があるなら自分でやれという話だ。

しかし「プロ」である場合、逆に「じゃあお前がやれ」は禁句である。

素人にできないことをやって、それで食っているのがプロなのだ。

素人はプロに対し「俺だったらあのぐらいの球三塁打は堅い」など好き勝手いうものだがだが、それに対しプロが「じゃあ打ってみろよ」と素人にバットを投げつけるのは恥ずべきことであり、それならストレートにバットで素人の頭を三塁打しにいく方が潔い。

そんなわけで内閣府が開催した「賃上げを幅広く実現するための政策アイデアコンテスト」の優勝アイデアが批判されている。

社会保険料は税金じゃないって詭弁だから

現在、我々の生活は楽とは言い難い状況だ。

楽になるには、物価を下げるか、賃金を上げるか、どちらかが必要なのだが、現在どちらもなっておらず、むしろ悪化した感さえあるため、国民の不満は高まる一方だ。

そんな批判に「じゃあお前らが考えろ」となったかは不明だが、とにかく「チン上げコンテスト」という80年代の深夜企画みたいなコンテストが開かれた。

政策を公募する時点でどうなのか、とも思うが「政治家は庶民のことをわかっていない」という批判があるのも事実であり、それに対し「我々もスーパーぐらい行きますよIKARIとか」など、我々が存在すら知らない店の名前が出てきて、余計意識の違いが浮き彫りになることもある。

庶民の生活をよくするためには、政治家よりも庶民のアイデアの方が的を射ていることもあるだろう。ただ、募集に参加したのは内閣府の職員らしいので、このようなエリート層を庶民とくくっていいものかは悩むところがだ。

まぁさておき、このコンテストで「これは良いチン上げだ」と政治のプロにも認められたアイデアがどんなものかというと、「定時過ぎたらフリーランス」というものであった。

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    フリーランスを何だと思ってるんでしょうね

定時までは社員として働くが、それを過ぎたら個人事業主と化し、残業ではなく会社からの業務委託という形で仕事を請け負うという働き方である。

これの何が良いかというと、給料という形であれば、社会保険料や諸々の控除で手取り額はかなり減る。しかし、業務委託に対する報酬であれば、それらの控除がなくなり手取り額がアップ、さらに会社側も半分負担しなければいけない社会保険料がなくなりウインウインという主張だ。

確かに、手取り額以外は一切見ていない江戸っ子からすれば、謎の控除なしで満額もらえて一見得のように見えるかもしれないが、このアイデアでは社会保険が引かれないことばかりに着目し「税金」の存在がほぼ無視されている。

給料だろうが、報酬だろうが、一定以上の収入には必ず税金がかかり、結局あとから確定申告をして税金を支払うため、控除なしで丸々もらえるというわけではない。

むしろこの方法は、基本的に確定申告をしなくていいという会社員の恩恵を放棄しており、社員はいらぬ手間を増やされてしまっている。

厚生労働省はちゃんと注意したんでしょうね?

またこのアイデア、社員であれば労働基準法により「残業」にも当然規制がかかるところが、個人事業主への業務委託という形になるとそれがなくなってしまう。

定時を過ぎた瞬間「ここより貴様には労基が適用されないものとする」という犬鳴村状態になり、過労死一直線の恐れがあるということだ。

つまり、社員に法外な労働をさせ、社会保険料半額負担を回避するという、企業側の搾取アイデアでしかなく、これがグッドアイデアとして優勝するなんてどうかしている、ということだ。

実は私がかつて働いていた潰れかけの会社がこれと似たようなことをしており、社会保険料半額負担すら窮する状態だったため、「社員時代と同額払うから、むしろ手取りは増えるから」と言って、社員に退職してもらい、業務委託という形で同じ仕事をさせていた。

つまり搾取する気満々か、末期の会社しか考えないアイデアということである。

ナチュラルボーン支配者では無かったことを願う

当然の批判を受けたこともあったのか、公式には、「一定の周知期間が経過し、個人情報が含まれること等を考慮の上、掲載を終了しました」とのことらしいが、現在このアイデアは内閣府のサイトから削除されている。当初のは、いらすとやさんをふんだんに散りばめたこの搾取スキームの図解が、内閣府HPにてノーガードで紹介されるという、脱法を越えた末法の世界が展開されていたらしい。

だが、一番怖いのは審査員側が誰もこのアイデアのおかしさに気づかなかったという点である。税金や社会保険、労基のことをよくわかっていない人たちが政治をやっているかもしれない、ということだ。

それだったらまだ「ナイス搾取」を評価されての優勝の方が、こちらも諦めがつく。