家庭に1つはある魔法びん。もともとは19世紀末に発明された実験器具です。そして、いまでも実験器具としてなくてはならないもので、宇宙でも活躍してます。今回は、そんな魔法びんの魔法をちょっとお話させてください。

  • 魔法びん

魔法びん、あったかいお茶を入れておくと、冷めないあれ、実は冷たいお茶もぬるくならなかったりしますね。え? そんなん当たり前ですか? 最近はマイボトルという、持ち歩きようの魔法びんも流行していますねー。で、半日くらい温度がほとんど変わらない。朝、熱いのをいれておいて、夕方飲んでいい加減冷めているだろうと思ったら、熱くでビックリなんてこともよくございます。

この魔法びんを世に出したのは、ドイツのラインホルト・ブルガーが設立したテルモス(サーモス)社です。1904年のことでした。今でも、このブランドはなんと日本の会社がもっていて、THERMOSのマイボトルが、その辺のスーパーや雑貨屋でも売ってます。日本ではサーモスの魔法びんを見て、1912年に八木亭二郎氏が国産化。大阪に八木魔法壜を設立し、販売に乗り出したのだそうです。ちなみにこの時「魔法びん」の商標をとっているようですな。

さらに、調べてみると、それから10年くらいの間にいくつもの会社が魔法びんを製作しており、現在でもそれらのうち何社かが製造を続けています。大阪の会社が多いのが特徴で、地場産業と言ってもいいですな。タイガーや象印といった大手メーカーも長い歴史を持っています。というか、サーモス社も日本企業となっている今、世界の魔法びんのシェアは日本が圧倒的なトップなんですな。知らなかったですよ。

なお、魔法びんは日本の読み方であって、英語でマジック・ボトルといっても「はあ?」です。英語ではvacuum flaskまたはbottle(真空のフラスコ:水筒)またはflask(びん)、thermos bottle(サーモスボトル:最初の製品名由来、熱という意味)というのが一般的なようでございます。

ところで、この魔法びんは、Dewar flask, Dewar bottleという言い方もあります。デュワー水筒、デユワーびんですね。ここのデユワーは、ふつうに英語を知っていても出てきません。だって、人名ですから。ジェームス・デユワー卿(Sir James Dewar)は、魔法びんを発明した英国人科学者の名前なのでございます。

さて、デユワーはなんで魔法びんを発明したのかというと、彼の実験のためです。彼は実験で作った液体を保存するために、断熱性が非常により入れ物が必要だったんですね。

ちなみに、デユワーの専門は「低温物理」です。彼の業績はといえば

  • 水素を冷やして液体
  • さらに固体にしたり
  • 液体酸素やオゾンが磁性を持つこと
  • 絶対零度で電気の抵抗がゼロになる(超伝導)を示唆する実験

など、低温物理で色々な成果をあげた大科学者なんです。

で、液体の保温といっても、熱いのをさまさないのではなく、超低温の液体などをあたためてしまわず観察するために、熱から遮断する容器が必要だったのですな。

では、どうすればいいか? ということでモノが温まったり冷えたりすることを考えます。モノの温度が変わる=熱を伝えるには3つ方法があります。中学校で習っています「伝導、対流、放射」ですね。

伝導はいうまでもなく、接触により熱を移動させることです。これは物質によって違い、金属などはものすごく熱を移動させますが、木はあまり、発泡スチロールなどだとかなり熱を伝えません。しかし、もっといいものがあるんですよ。真空です。真空、つまり伝えるものがないわけですから、伝導を防ぐには最適なわけです。デュワーは、容器の中に浮かせる形で容器をいれて二重構造にし、その隙間を真空にすることで、伝導を防ぎました。また対流も熱を伝える流体がなければいいので、同じ仕組みで防げます。

問題は放射です。放射は黒っぽいものが効率よく熱を出し入れし、逆にキラキラ反射する金属光沢のものだと放射は抑えられます。ところが金属のものは熱を伝えやすいという欠点があるんですな。

そこでデユワーはガラスに金属めっきをすることで、伝導と放射を同時に抑えるようにしたのですな。これが魔法びんの発明なわけでございます。1893年のことでございました。ちなみに、家庭用の魔法びんテルモス(サーモス)は、デュワーのびんを作っていた職人が「これ、金属でカバーすれば、家庭用に売れるんじゃね」ということで製品化したもので、科学実験器具をつくっていた職人が家庭用のものを作り始めたということなのでございます。

以来、魔法びん=デユワーびんはいくたの科学実験に使われてきました。ただ、1つ欠点がありますね。ガラスでできているので、割れやすいのでございます。

そこで、現在では断熱に留意しつつ、ステンレスをうまく使うことで、丈夫な魔法びんの機能を持たせられるようになっています。もちろんこれができることで、持ち運びできるようにもなったんですな。科学実験の現場でももちろん使われています。

さらに、宇宙では、ロケットの燃料である、液体酸素や液体水素を入れるタンクや、探査機を冷やすための液体ヘリウムの容器、また、貴重な宇宙サンプルを外部からの熱からまもりながら地上に落とすカプセルの容器などにも使われています。

ちなみに、そうした容器は、家庭用魔法びんを作っているメーカーも製造ノウハウを持っているわkで、実際、JAXAの注文で象印タイガーが、宇宙用の魔法びんを作っているのでございます。科学実験器具が家庭に入り、家庭用器具メーカーが科学実験器具を作るようになる。魔法びんは、魔法というよりも、サイエンスのびんといってよいものなのでございます。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。