「『万里の長城』は、宇宙から肉眼で見える唯一の人工物である」――。そんなウンチクを、見たり聞いたりした人は多いかもしれない。実際、中国の子どもたちは、かつて学校でそう教えられていたという。
しかし、本当に宇宙から万里の長城は見えるのだろうか? これまで多くの宇宙飛行士がさまざまな検証や証言をしてきたが、現在国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中の宇宙飛行士が、あらためて検証を行った。果たしてその結果は?
万里の長城は宇宙から見えるのか
「万里の長城」は、中国北部を東西に走る長大な城壁である。紀元前214年、北方からの異民族の侵入を防ぐために、秦の始皇帝によって建設が始まり、その後長い年月をかけて延長や移築などを繰り返し、全盛期の総延長は約2万kmにも達したという。もっとも、損壊が進んでいるため、現存しているのは6000kmほどとされる。
「これほど長大な建造物なのだから、宇宙からでも見えるのでは」ということは、古くから考えられてきた。一説には、18世紀の書物ですでに言及されていたとされ、中国の小学校の教科書にも載るほどだったという。
そして宇宙開発が始まり、人類が宇宙へ行くようになると、「宇宙から万里の長城は見えるのか」という質問は定番のものになった。
たとえば2003年10月、中国初の有人宇宙飛行をなしとげた楊利偉宇宙飛行士は、地球への帰還後に「『万里の長城』は見えなかった」と発言。中国の小学校の教科書が書きかわるほどの大問題となった。また、1985年から1996年までにスペースシャトルで5回の宇宙飛行士を行ったジェフリー・ホフマン元飛行士も「見えなかった」と証言している。
しかし、逆に見えたと証言する飛行士もいる。たとえば2003年にISSに長期滞在したNASAのエドワード・ルー元飛行士は、「万里の長城は見えた」と発言。また、1972年に「アポロ17」ミッションで月を訪れた経験をもつユージン・サーナン元飛行士も、「高度160~320kmから見えた」と証言している。
アレクサンダー・ゲルスト宇宙飛行士の検証
では、はたして実際のところはどうなのか。この謎にひとつの答えを出すため、2018年6月22日、現在ISSに滞在中のアレクサンダー・ゲルスト宇宙飛行士が、あらためて検証を行った。
まず肉眼で万里の長城を探したゲルスト飛行士は、「見えない」と断言。次に、800mmの望遠レンズを付けたカメラで写真を撮り、その写真の中から探そうとするも、それでもなお見えにくいとコメントしている。
ゲルスト飛行士は「これまで幾度となく、『ISSから万里の長城は見えるの?』と質問を受けてきましたが、ついにその答えを見つけました」とコメント。また、撮影した写真をTwitterに投稿しつつ、「みなさんはどう思いますか?」と意見を求めている。
ゲルスト飛行士の証言や写真からわかるのは、少なくともISSが飛ぶ高度約400kmの軌道から、肉眼で万里の長城を見ることは不可能であること、そして800mmの望遠レンズを使って撮った写真でも見えるか見えないかという具合で、「ここにある」という印があって初めてわかる程度、ということである。
実際のところ、万里の長城は長さこそ長大なものの、幅は最大でも10mほどしかない。そのため、人間の視力からいっても、100km以上も離れたところから肉眼で見るのは不可能であることは明白である。
これまでも、「宇宙から万里の長城は見えるのか」という話題が出るたび、そう説明する人は多くいた。今回のゲルスト飛行士の検証は、それを裏付けるものとなった。
なぜ見えたり見えなかったりするのか
しかし、過去に見えたと証言した宇宙飛行士が、嘘をついていたとも考えられない。なぜ、人によって見えたり見えなかったりするのだろうか。
考えられる理由はいくつかある。たとえば太陽光の加減で、ある飛行士が見たときにたまたま陽の光が斜めに入り、万里の長城が明るく照らされたり、伸びた影によって実物より大きく見えたりしたのかもしれない。
また、季節によって山肌の色が変われば、コントラストが際立ち、万里の長城が少し目立って見えるようになるかもしれない。
ユージン・サーナン元飛行士の場合、高度160~320kmというISSより低い高度で目撃したことも影響しているかもしれない。もちろん、高度400kmも160kmも、それだけではあまり見え方に違いはないだろうが、そこに前述の好条件が重なれば、わずかに見えやすくなる可能性はある。
しかし、身も蓋もない、だがいちばん納得のできる理由を挙げるとするなら、「見間違い」や「勘違い」だろう。
たとえば2004年、欧州宇宙機関(ESA)は、地球観測衛星から撮影した万里の長城の写真を公開した。ところが、実際にはそれはただの川だったことが判明。ESAは数日後に訂正記事を出すという出来事があった。
落ち着いてじっくり写真を見ることができたESAですら間違えたほどなのだから、ましてや飛行中の宇宙船の中から、なにも参照するものがない中で万里の長城を見つけるのは至難の業だろう。おそらく、手にスマホを持って地図アプリとにらめっこしながらでも難しいはずである。
つまり、過去に「見えた」と証言している飛行士は、ESAと同じく川や、あるいは道などを見間違えた可能性が高い。また、そこに「万里の長城が見えるかもしれない」という思い込みも重なり、見えないものが見えてしまったのかもしれない。
始皇帝は中国統一からわずか11年で病に倒れ、秦も15年で滅亡。万里の長城もその役目を終え、いまでは崩壊が進む。しかし、普通に考えればありえないにもかかわらず、いまなお「宇宙から万里の長城が見える」、「見えるかもしれない」というウンチクならぬウソチクが飛び交うのは、それだけ始皇帝と、彼が築いた万里の長城が、いまだ人類にとって大きな存在であるという証なのかもしれない。
参考
・Alexander Gerstさんのツイート: "I think I finally found the answer to a question I've been asked a 1000 times. "Can we see the Great Wall of China from the #ISS?" Next to impossible with the naked eye. But I tried with an 800 mm tele lens. Still tough to spot. What do you think, is this it? #Horizons… https://t.co/FIA8tgt5D0"
・Great Wall of China from Space
・Is China's Great Wall Visible from Space? - Scientific American
・Great Wall of China seen from space by ESA Proba Satellite
・NASA - China's Wall Less Great in View from Space
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info