病院で担当医師に診察時の録音の許可を求めたら断られた。
何の話かというと、ここのところの病院通いに最新のAIレコーダーが大活躍だという話だ。たいていの診察は10分未満で終わるが、長いときには30分近く話しているときもある。いずれにしても、検査の結果がこうだったから、何かがどうのこうのしているから、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいというようなアドバイスが続く。そしてその理由も教えてもらえる。ありがたい。でも、その会話の一字一句を医療の素人が記憶しておくのは無理だ。かといって、取材のときのようにパソコンを開いてメモするわけにもいかない。できることはといえば手書きでメモするくらいだ。だが手書きメモでの取材はかれこれ40年近くやっていないから、必ず書き落としがある……。だから、録音したいのだ。そこであったことが逐一記録される。
その音声を聴くわけではないのだ。かつては録音データは録音された時間の数倍の時間をかけて文字にしていた。自分でやっても業者に頼んでもいいがとにかく時間や費用のコストがかかる。個人的に取材内容を録音してこなかったのは、聞くのと文字に起こすのにかなりの時間がかかるからだ。
それが、最新のAIレコーダーの登場で一変した。今、AIレコーダーで録音した会話は、レコーダーのハードウェアに一時保存されるが、そのうちスマホのアプリによって吸い上げられる。そしてアプリはその音声データをクラウドにアップロードし、自動、または手動操作で文字起こしをする。ここで音声が文字になる。だから、録音しても、音声を聞き直すことはほとんどない。だが、その間に何度もコピーが繰り返される。
もちろん、会話を一字一句文字にしたものは無駄が多い。あー、えー、えっと、ほほお、といったフィラーと呼ばれる余計なつなぎ言葉が頻出する。これらをトリムし、そして、話し言葉を書き言葉に直し、論理的に正しく添削するところまでが文字起こしだ。
文字起こしを読めば、5分の内容を振り返るのに2分とかからない。30分の発表会でも数分で読んで振り返ることができる。そして、そのテキストを元にAIに要約を求める。すると、もっと簡潔で明確なサマリーができあがる。多くの場合は、そのサマリーを読むだけで十分に会話の内容を振り返れる。物足りなければ、もっと詳しくとか、省略しないでとかいえばやりなおしてくれる。
それまでの担当医が異動することになり、その日は新たな医師による初めての診察だった。前の医師は録音を厭わなかったので、診察の記録をすべて残すことができていた。ところが、新しい担当医は、許可を求めると、看護師や職員に確認を求め、最終的にNGを出した。その理由は、最新のレコーダーはあまりにも性能がよく、会話の内容のみならず、隣の診察室の会話まで録音してしまう可能性があるからだということだった。
まあ、それもわかる。その病院は巨大な大学病院で、パーティション程度の薄い壁で仕切られた小部屋が診察室として何十室も並んでいる。隣の部屋の医師と患者の会話が聞こえてくるのは仕方がない。AIは指向性マイクや音声分離技術によって、メインとなる会話だけを抽出しようとするが、それでも完璧ではない。医師が懸念するのも無理はないのだ。
AIに何かを依頼する場合、何らかの資料を渡さなければならない。会話を文字に起こしてもらう場合には音声データを渡す必要がある。また、書類や書籍の内容をAIに学習させてまとめさせたりする場合にも、いったんは紙から電子情報にして機械可読にするためのコピーの作業が発生する。OCRなどはコピーの一種だと考えていい。
メールの内容を要約させるような場合も微妙だ。差出人としては、宛先人以外がそのメールを読むことを望まないかもしれない。だが、その文面を要約させたりまとめさせたりするためには、AIにすべてをさらけだす必要がある。場合によっては文面がクラウドサービスに投げられる。
機械翻訳や通訳だってそうだ。たとえば、外国語の映画を見ているときに、その翻訳字幕をスマートグラスで表示したり、スマートイヤホンで同時通訳を聞いたりといったことは、今後、普通に行われていくと思うが、そのためにもいったんは録音してAIに渡すという処理が必要になる。映画の権利者はそれを許すだろうか。「私的利用の範囲」と「AIへのデータ送信(プラットフォームによる二次利用・学習)」の法的な線引きが問題になる可能性がある。つまり、AIを使うということは、意識するしないにかかわらず「情報の複製と外部への移転」を伴う行為なのだ。でも、許してほしいと切に思う。
こうした合法、非合法、マナー遵守、マナー違反といった議論が、今後、いろんなところで出てくると思う。医師との会話は患者にとっては有用だし、言った言わないを担保する重要な資料にもなるだろうけれど、だからといって勝手に録音していいというわけではない。
たとえばタクシーのドラレコは常時録音をしていて、それにはいろいろな理由がある。後部座席での乗客同士の会話や携帯電話での通話、乗務員との会話などはすべて拾えている。その上で、プライバシー保護と法律上のルールに則り、適切な告知と管理を行っていれば合法だとされている。車内にドラレコ作動中のステッカーを貼り、暗号化された録音データは社内の管理者にしか確認できない。また、利用目的についても制限され、一定期間が経過するとデータは自動的に上書きされて消去される。だが、乗客としては密閉された空間ではなく、常に誰かが聞いているセミパブリックな空間だと思って間違いない。そもそもタクシーの場合、乗務員には道路運送法や就業規則の中で守秘義務規定がある。だからこそ、こうした運用が成り立っている。
AIの利活用が一気に浸透している今、先回りして、このあたりの情報の扱いを明確にしておかなければ、かえってややこしい方向に進んでしまうことになりかねない。技術的には可能でも、「できること」と「許されること」の整理が追いついていない。このギャップを放置したままでは、利便性そのものが制限される方向に振れる危険がある。どこかでボタンをかけちがい、本来得られる便宜が台無しになってしまっては元も子もない。
