次世代の電気自動車(EV)が従来の300~400Vのバッテリシステムから、800V系のバッテリシステムへと進化することを見越して、独Infineon Technologiesは第2世代インバータ向けに耐圧1200VのSiCパワーモジュール「HybridPACK Drive CoolSiC」を開発(図1)、6月中に量産出荷する予定である。

  • Infineon

    図1 Infineonが開発した1200V耐圧のSiCパワーモジュールHybridPACK Drive CoolSiC (出典:Infineon Technologies)

これまでのEVのインバータ回路にSiCが採用された例はほとんどなく、従来Si(シリコン)のIGBTが使われてきた。しかし、1200V耐圧が求められるとスイッチング損失という点で、IGBTでインバータを無理に作るよりはSiCの方が現時点でのソリューションとして浮かび上がる。Infineonがエネルギー効率を見積もったところ、図2のようにSiCの800Vはインバータ部分のエネルギーがSi IGBTのそれの1/3以下で済むようになる。クルマ全体の他の部分がまったく変わらないと仮定しても、クルマ全体でエネルギーを7.6%削減できる。

  • Infineon

    図2 Si IGBTの400VインバータをSiCの800Vインバータに替えるとインバータエネルギー効率は3倍以上に高まり、クルマ全体でもエネルギーを7.6%削減できる (出典:Infineon Technologies)

これまでのEVは300~400V系が主流で、SiのIGBTが使われてきたが、バッテリパックを800Vに高電圧にすれば、IGBTはインバータ用に電流や高速スイッチングではSiCに及ばないため、SiCの高速スイッチングというメリットが生きてくる。IGBTはバイポーラ動作するトランジスタであるため、オンからオフに切り替える時には少数キャリヤの蓄積時間がどうしても残るためSiC MOSFETと違い高速スイッチングができない。

実は、800V以上に対応した先駆的なクルマとして、EV専門メーカーTesla Motorsからスピンオフし、EVの高級車にフォーカスしているLucid Motorsが市場に投入したLucid Airがある(参考資料1)。このクルマは900V強のオンボードチャージャーを採用、インバータにもSiCを採用している。1回の充電で517マイル(820km)走行するという。

Infineonは今回、3相モーターを駆動するHybridPACKと呼ぶ、パワー半導体ジュール製品を提供するが、このHybridPACK(図1)は、ハイブリッドカーに最初に適用されたため、そのように名付けられた。決して、SiCとSiとのハイブリッドという訳ではないという。今回提供するHybridPACK Drive CoolSiCは、純粋のSiCトランジスタを複数個個搭載したモジュールである。

ただし、InfineonはこれまでもIGBTでHybridPACKのようなパワーモジュールだけではなく、単体パッケージのトランジスタやベアダイも提供してきた。今回のSiCも単体トランジスタやベアダイも提供する(図3)。

  • Infineon

    図3 SiC製品のポートフォリオをモジュールからベアダイまで広げた (出典:Infineon Technologies)

SiCのチップ技術もInfineonはユニークだ。最近のSiCトランジスタは、トレンチ構造にして、電流が裏面のドレイン側(コレクタ側)から垂直方向に流すデバイスが多い。以前のプレーナ構造では電流は垂直から水平に向かっていた。横に電流が流れるチャンネルの移動度が低く、しかも面積が広くなりがちだ。しかしトレンチ構造だと、垂直方向の結晶面での電子移動度が高いため電流を大きく取れるというメリットがある。しかし構造は複雑になった。

電流を大きく流せるようにするため、MOSトランジスタのゲート酸化膜を薄くすればよいが、高い電界がかかる角での酸化膜の強度は下がってしまう。そこでInfineonは、トレンチの底にp+層を設け、ゲート電圧にかかる電界を弱める構造にした(図4)。さらにゲート酸化膜をやや厚くし破壊に強くした。自動車用では、性能もさることながら、より高い信頼性は最優先だからである。

  • Infineon

    図4 Infineonのトレンチ構造は電界を緩和し信頼性を高めている (出典:Infineon Technologies)

今回新製品としてリリースされた1200V/400Aの「FS03MR12A6MA1B」というフルブリッジのパワーモジュールは、スケーラブルな製品で、1スイッチあたり8チップ集積しているが、1200V/200Aの「FS05MR12A6MA1B」という1スイッチあたり4チップ集積した製品も用意、クルマの要求に応じて製品を選べるようになっている。

Infineonはモジュールのサンプルは出荷中でデータシートやアプリケーションノートも提供しているほか、オンラインのシミュレーションツールを間もなく提供し、ハードウェハの評価キットは2021年第3四半期には提供する予定である。

EVでは急速充電スタンドの設置が必要だが、バッテリ電圧よりも大きな電圧が必要になる。急速充電では通常、バッテリよりも大きな電力、すなわちバッテリ電圧よりも高い電圧にして満充電の80%程度まで一気に上げていくことになる。従来の400Vのバッテリシステムのクルマでも急速充電ステーションでは800Vの高電圧で充電する。Infineonは、スペインの急速充電スタンドにSiC MOSFETを提供しており、SiCの新しい市場として、風力発電と同様、期待している(参考資料2)。

参考資料

  1. 津田建二、「EVの高級車メーカーLucid MotorsがLucid Airを発表、カギは900V+とSiC」、マイナビニュース、(2020/9/29)
  2. 津田建二、「EV普及のための急速充電技術が進行中、レクサスクラスを10分で充電可能に」、マイナビニュース、(2020/7/24)