ソニーは10月5日、ニオイに関連した新技術「Tensor Valve(テンソルバルブ)」を発表。同時に、この技術を採用した製品の第1弾として「におい提示装置 NOS-DX1000」も発表しました。NOS‐DX1000はクリニックなどでの嗅覚検査や研究用途を想定して開発。2023年春の発売予定で価格はオープン、推定市場価格は230万円前後になります。

NOS-DX1000は業務用の機器ですが、ソニーは今後エンターテインメントデバイスなどにも同技術を応用したいとのこと。メディア向けの製品発表会にて、Tensor Valveがどのような技術か体験してきました。

  • におい提示装置 NOS-DX1000の本体サイズは約幅37.4×奥行き25.3×高さ37.8cm、重さは約5.2kg

    におい提示装置 NOS-DX1000の本体サイズは約幅37.4×奥行き25.3×高さ37.8cm、重さは約5.2kg

Tensor Valveとは?

嗅覚テクノロジーのTensor Valveとは、複数の香りを切り替えられる技術のこと。通常、同じ場所で複数の香りを放出させると、前に放出した香りが次の香りと混じってしまいます。

Tensor Valveは香り成分を専用カートリッジに封入することで、放出時以外のニオイの漏れを遮断。香りを放出するときはアクチュエーターを使ってバルブに空気を取り入れ、取り入れた空気に香りを移して放出します。さらに、香り放出後は気流を制御して残ったニオイを脱臭。これにより、複数の香りを切り替えても、前の香りが新しい香りをジャマしません。

  • 香り成分を閉じ込めたカートリッジは、ポット型パーツに香り成分を封入。香りを放出するときはポットの上にあるバルブ内部が稼動して外気を取り入れ、香りのついた空気を外に放出します。香りを放出する電気アロマディフューザーは、香り成分をミスト化するものが多いのですが、Tensor Valveは空気に香りを移すのが特徴です

  • 香りの素がズラリと並ぶ専用カートリッジ

Tensor Valveを搭載したにおい提示装置は、最大40種類の嗅素をセット可能。装置に連携させたタブレットでニオイを選択するだけで、つぎつぎと異なる香りを放出させられます。

嗅覚検査でアルツハイマーやパーキンソン病を早期発見

ところで「異なる香りを次々と入れ替えて嗅ぐ」必要があるシチュエーションとはなんでしょうか?

ソニーはNOS-DX1000の開発目的のひとつに「病院などで行われる嗅覚測定」をあげています。嗅覚測定は現在でも耳鼻科などで行われていますが、たくさんあるニオイのビンから目的の香りと濃度を選び、フタをあけ、試験紙を液に浸してニオイをチェックし(嗅いで)、ニオイビンのフタを締めて元の場所に戻す……と、ひとつのニオイをチェックするだけでも複数の手間が必要です。また、検査中はニオイ漏れがあるため、嗅覚測定をするには専用設備や場所が必要だといいます。

対してNOS-DX1000なら、これらの問題をすべて解決できます。NOS-DX1000は、アプリからニオイの種類と濃度を選ぶだけで、放出するニオイを簡単に切り替え可能。ニオイ放出後は香りが通った経路に空気を通して脱臭するので、前に放出したニオイが混在することもありません。

  • 会場では、金沢医科大学 耳鼻咽喉科教授の三輪高喜氏が従来の嗅覚測定について説明し、作業の煩雑さがデメリットのひとつと解説しました

  • NOS-DX1000専用アプリの香り選択画面。ブロックをタッチして選ぶと、AからEまでの5種類の香りを8段階の濃度で放出します。Tensor Valveに濃度調整機能はなく、濃度の異なるカートリッジを切り替えて利用します

嗅覚測定というと耳鼻科の印象がありますが、ソニーによると、嗅覚測定は認知症の早期発見にも利用できるとのことです。

「いわゆる認知症と呼ばれるアルツハイマーやレビー小体型認知症、そして徐々に手脚が動かなくなるパーキンソン病といった神経変性疾患は、初期症状として嗅覚が低下することがあります。神経変性疾患の検査には脳脊髄液検査などがありますが、手軽な検査とはいえません。痛みなく手軽に検査ができるにおい提示装置(NOS-DX1000)は、医療従事者と患者双方にとってメリットの多いスクリーニング方法だと感じます」(名古屋大学 神経内科教授 勝野雅央氏)

  • 名古屋大学 神経内科教授 勝野雅央氏

  • これまでは手書きだった測定結果の記録も専用アプリで。結果をデジタル化することによって、データ分析も手書きより容易になります

NOS-DX1000を体験してみた

発表会の会場には実機(試作機)も展示されていたので、実際にNOS-DX1000を体験してみました。次々と切り替わる異なる香りや、異なる濃度の香りを確認できました。

  • NOS‐DX1000を体験するマイナビニュース・デジタルの林編集長。

  • 不特定多数の被験者が利用する可能性があるため、直接肌に触れるノーズガード部分は取り替え式。ノーズガードの価格や販売ロットは未定です

  • NOS-DX1000体験中。ノーズガードの穴部分に鼻を押し込んでにおいをチェックします。体験で確認できたのはカラメルのような甘い香りと濃度の異なる桃の香り。この2つは良い香りですが、もちろん、くさーいニオイも……

【動画】嗅覚測定中のNOS-DX1000。本体上部にあるLEDは香りを放出するタイミングの目安。白いLEDが3回点滅したあと、青いLED点灯中のみ香りを放出します。アプリで香りの種類を選択すると、目的の位置まで内部のカートリッジが回転。香り放出中は、香りが拡散しやすいように放出口が左右にゆらゆらと揺れます
(音声が流れます。ご注意ください)

2016年にソニーは、スティック型のアロマディフューザー「AROMASTIC(アロマスティック)」を発売しました。これは密閉空間でも香りを拡散させすぎず、パーソナルに香りを楽しめる製品。しかも、気分にあわせて複数の香りを切り替えて楽しめる仕様でした。

ソニーによると、新しいテクノロジーのTensor Valveは、AROMASTICの技術を一部進化させて利用しているそうです。Tensor Valve製品の第1弾であるNOS-DX1000は、医療機関や研究用途向けの業務用製品ですが、今後はAROMASTICのような家庭で気軽に楽しめる製品がTensor Valveでも開発されるかもしれません。また、冒頭で述べたように、エンターテインメント製品への応用も楽しみです。