IPA(情報処理推進機構)は10月11日、「IPAデジタルシンポジウム2021 ~DX:その一歩を踏み出そう~」をオンラインで開催した。

同シンポジウムでは、DX・セキュリティ・組織・IT人材などのテーマについて、3つのトラックに分かれて講演やパネルディスカッションが行われた。

本稿では、組織や人材をテーマにしたパネルディスカッション「デジタル時代を生き抜く組織変革のヒント~変革の阻害要因とその解決に向けて~」の内容を紹介する。

固定化されている日本の組織

モデレーターを務めたのは、豆蔵 取締役 グループCTOの羽生田栄一氏だ。羽生田氏は、「組織に変革が起こらない問題は?」「変革にあたって着手すべきことは何か?」と問いかける。

  • 豆蔵 取締役 グループCTO 羽生田栄一氏。ディスカッションの内容はグラフィックレコーディングにまとめられた

パネルディスカッションでは、パネリストの法政大学大学院 政策創造研究科 教授の石山恒貴氏の研究テーマである、「越境学習」の重要さがたびたび指摘された。

越境学習とは、所属する組織を離れて、通常と異なる環境に身を置くことで新たな気付き・学びなどを得ようとすることだ。石山氏は、「越境学習は、いつもと異なる場所で、異質な人たちと、わかり合えないなりにわかり合おうと努力を続けることが前提にあり、心の中でホームだと思う場所とアウェイだと思う場所を行ったり来たりすることと捉えている」と話す。

  • モデレーターの羽生田氏と意見を交わすパネリストの石山恒貴氏、沢渡あまね氏、吉田裕美子氏

パネリストのあまねキャリア CEOの沢渡あまね氏は、過去の呪縛から逃れられない点と固定化を、企業で変革が起きない問題の根源と見る。同氏は「これまで、良くも悪くも製造業型の人海戦術に社会構造を最適化し、社会構造が固定化したままだ」と考える。

「これまでは、言われたことをきちんとこなしていれば企業もなんとかなったが、VUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity)の時代と言われる現在は、過去や組織内に答えがなく、主体的に問いを立てて自分なりの答えを出し、間違ったとしてもトライアル&エラーを続けていかなければいけない」(沢渡氏)

しかし、過去の経験や成功、労働制度、働き方などで固定化された環境にとどまったままでは、変化に対応したり、変革につながったりする主体的な行動は起こりにくい。沢渡氏は、「だからこそ越境学習のように、固定化した環境から離れる経験を繰り返すことが重要だ」と言い切る。

言語化と共通認識がつながりを生む

「組織の運営をアジャイルマネジメントに転換する支援をしているが、まずは立ち止まって振りかえり、言語化することを徹底してもらっている」と話すのは、パネリストのHyper-collaboration 代表取締役の吉田裕美子氏だ。

吉田氏はデジタル化がコミュニケーションに起こした最大の変化として、テキストコミュニケーションの増加を指摘する。現代は言葉にならないことは通じない世界とも言える一方、逆に言えば、言葉にすることで通じ合える可能性があるとも言える。

「早く成果を出さなければいけないと焦るかもしれないが、今週は何を経験したか、何から学びを得たかなどを言語化して、現状について共通認識を得ることで、組織内の人同士、越境者も交えてつながり合える」と吉田氏。

石山氏は、知の深化と探索の両立を重視する両利きの経営を挙げつつ、「すでに持つ知を深化させようとする側からは、既存の認知を超えて考えようとする探索する側がチャラチャラして見える。探索する人は越境学習者に近く、『こんな面白いことがあるからやってみよう』と行動しようとすると、反対や迫害されることもある。そうした現状も、過去の呪縛から逃れられないからではないか」と指摘する。

集合知から生まれた「パターン」にヒントを得る

DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進者やDXの必要性に気付いている人と、そうでない人がうまくかみ合わず、思うようにDXが進まないことは多い。

石山氏は、「過渡期においてはエクセルとデジタルツールの両方が必要」と考える。「監視が強まる」「(上司は)部下の勤怠を従来よりチェックをしなければいけない」など、デジタルツールの導入で新たな不安が広がることも珍しくないからだ。同氏は「新たなツールを導入しつつ、いかに忌憚ない意見を交わせるかが問われる」とする。

沢渡氏は、「デジタルツールを使うことで、DXに対するマインドがポジティブに変わる人もいる。だからこそ、DXの前に、まずはデジタルエクスぺリエンスが重要だ」と語る。

3者の発言を受けてモデレーターの羽生田氏は、「変革は固定化する組織からスタートからするのではなく、個人からスタートする必要がある。そのためにDX時代の人材には、サードプレイスのような場所を持ち、自分で問いを立てて、自分自身がなぜ、これをやるのかという振り返りが必要になる。同時に、組織には越境者、探索者などの異質な存在を、『異質な文化もいち文化』と考えて受け入れ、うまくコラボレーションする仕組みが必要だ」と結論づける。

パネルディスカッションの最後には、さまざまなトランスフォーメーションに組織や個人がどのように取り組めばよいか「考えるヒント」をまとめた「トラパタ」が紹介された。 「トラパタ」は、IPAによる人材育成、組織での学び方の研究成果を「トランスフォーメーションのためのパターンランゲージ」として整理したものだ。

「数百におよぶ企業の経験知が整理され、得られた集合知を有機的な知識のネットワーク構造にまとめらている。成功している事例やその道の熟練者に繰り返し見られる『パターン』が、組織変革で着目すべき観点やヒントを与えるくれるだろう」(羽生田氏) 」