東北大学は8月20日、二次元物質「六方晶窒化ホウ素」とコバルトなどの強磁性金属の界面の混成軌道による「界面垂直磁気異方性」が、コバルトと窒素の原子の相対位置関係によって強化されることを発見し、不整合性の高い原子配置関係のときに1000%の「トンネル磁気抵抗比」が現れることを明らかにしたと発表した。

同成果は、東北大 国際集積エレクトロニクス研究開発センター 研究開発部門の永沼博准教授、英・ケンブリッジ大学のHaichang Lu氏、同・John Robertson氏らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、応用物理学を扱う学術誌「Applied Physics Reviews」に掲載された。

磁気を利用した不揮発性磁気メモリの研究開発を精力的に進めている東北大 国際集積エレクトロニクス研究開発センターでは、これまでの研究にて、絶縁層のMgOを強磁性体のCoFeBでサンドイッチにした「CoFeB/MgO/CoFeB」による1X nm世代に適合可能な不揮発性磁気メモリを開発したことを報告している。

CoFeB/MgO/CoFeBのような構造は、「強磁性トンネル接合(MTJ)構造」またはMTJ素子などといわれる。この3層構造の間に電圧を印加すると、量子効果によってトンネル電流が流れるが、今回の研究では、このCoFeB/MgO/CoFeBの3層構造ではなく、新たな選択肢を模索する上で、最近、多くの研究成果が報告されている二次元材料に着目することにしたという。

二次元材料は面内伝導において移動度が高く、実用面では電界効果を利用したトランジスタ応用の研究も多いが、面直方向のトンネル伝導について調べた報告は少なく、磁化の容易軸(安定な磁化方向)が界面に対して垂直方向を向く「界面垂直磁気異方性」がMgOと同様に現れるかなどの理論的な検討は、グラフェン以外にはほとんどないという。

そこで今回、二次元材料「六方晶窒化ホウ素」(h-BN)を用いて、不揮発性磁気メモリとして重要な材料物性である「トンネル磁気抵抗効果」(TMR)および界面垂直磁気異方性について、第一原理計算による予測を行ったという。

TMRは、不揮発性磁気メモリの読み出しの原理となっているが、不揮発性磁気メモリに用いられる垂直磁化型MTJ素子には、高いデータ保持特性のための高い界面磁気異方性が、読み出し信号および高効率の「スピン移行トルク」のための高いTMR比が必要とされている。

第一原理計算ではGGAバンドエラーが補正された上で、Coを強磁性金属、h-BNをトンネル障壁材料としたCo/h-BNを基本構造として、いくつかのCoとNの相対的な原子位置関係における、スピン分極バンド構造、TMR比、および軌道混成を考慮して界面垂直磁気異方性についての調査が行われた。

また、h-BNトンネル障壁材料の性能を理解するため、MgOトンネル障壁と比較検討も実施。計算の結果、TMR比はバンドギャップ全体のエネルギーに強く依存し、ファンデルワールス系の場合はフェルミエネルギーを固定する異常な要因があったという。具体的には、Coの最上部層とh-BN層が物理吸着すると想定したときの比較的長い原子間距離のときにTMR比は最も高くなり、1000%のTMR比が理論的に得られることが示されたとする。

  • 二次元物質

    h-BNをトンネル障壁材料としたときのエバネセント状態とスピン状態を考慮したときの透過率と、そのTMR比。Coとh-BNの相対原子位置を最適化することにより、1000%のTMR比を得ることが計算により明らかとなった (出所:東北大プレスリリースPDF)

いくつかの原子位置とTMR比の関係を調べた結果、相対的な原子配置関係がTMR比に大きく影響することが判明。高いTMR比を得るためには、高度な結晶成長技術により原子位置関係を制御する必要があることが示されたという。

Coとh-BNの界面構造を作るときに3種類の原子位置関係が設定され、界面垂直磁気異方性についての調査が行われたところ、FeまたはCo上のh-BNは、混成軌道により界面垂直磁気異方性が誘起されることも判明したとする。

  • 二次元物質

    Coのdz2軌道とNのpz軌道の混成軌道による状態図。ここでは、Coの上にNが位置した原子関係における計算が示されている。論文では3種類の原子位置関係について報告したという (出所:東北大プレスリリースPDF)

さらに、Coの直上にNが配置されたときの相互作用により、Co層の空のPDOSダウンスピンバンドが+1 eV上方にシフトし、混成が起こっていることも示され、h-BNは1000%のTMR比と共に、界面垂直磁気異方性が誘起されることが明らかとなったほか、原子間に働く分子間結合力である「ファンデルワールス力」によるゆるやかな結合は、強磁性金属材料の選択に自由度を与えることから、MTJの材料設計において有利となることが示されたという。

なお、実際に半導体の後工程(BEOL)ラインに適合させるためには、400℃の温度で高品質なh-BNを形成する必要があるが、高温時にBが金属層に拡散する懸念があるため、低温化は必須課題だと研究チームでは説明している。そのためには今後、低温合成が可能であるALDを用いたh-BN作製技術を確立する必要があるとしているが、すでに、半導体製造大手Applied Materials(AMAT)にて量産機向けに、ALDとスパッタリングを組み合わせた装置の開発が進められており、今後の展開が期待されるとしている。