6月に開かれた「WWDC21」で恒例の「Apple Design Awards」が発表され、優れたデザインや技術が光る12アプリが選出されました。今回、惜しくも受賞は逃したものの最終選考に日本のデベロッパーが作成したアプリが初めて名を連ね、国内のアプリ開発者の間で話題になっています。

ファイナリストに選ばれたのは、Whatever(ワットエバー)が制作したiPhone/iPad用アプリ「らくがきAR」(120円)。ノートやメモ帳などに描いた人物や動物などのイラストがデジタル化され、画面内で楽しく動き回るARアプリで、子どもから大人まで誰でもとりこにさせる楽しさやシンプルさが光ります。著名な人気漫画家がTwitterで「面白い!」と拡散したこともあり、5日間で46万ダウンロードを記録するヒットを記録。さらには、App Storeで2020年に最も多くダウンロードされた有料総合アプリの1位も獲得しました。

一気に人気アプリの仲間入りを果たしたらくがきARですが、実はプロトタイプが完成してから3年ほどお蔵入りになっていたそう。そのまま世に出ることなく埋もれてしまいかねなかったアプリをリリースにこぎ着けたのは、落書きを動かすことに情熱を燃やしていた亡きアプリ開発者の思いを形にしようと奮闘する仲間の協力がありました。

  • 今年のApple Design Awardsでファイナリストに選ばれたiPhone/iPad用アプリ「らくがきAR」。自分の描いた落書きが画面上をコミカルに歩き回るARアプリだ。ARアプリにつきものの難しさは一切なく、誰でも説明なしに使いこなせるシンプルさも光る

紙に描いた落書きが生き物のように振る舞う

らくがきARは、iPhoneやiPadに対応したユニークなARアプリ。アプリを起動するとカメラが捉えた周囲の様子が画面に表示されるので、ノートなどに描いたイラストにカメラを近づけます。イラストが認識されると命が吹き込まれたように切り取られて飛び出し、手足を動かしながら画面に映った室内を駆け回ります。

らくがきARを楽しんでいるところ。落書きをスキャンしてデータ化するまでの早さや正確さだけでなく、データ化された落書きが命を吹き込まれたように切り取られて飛び出す様子など、ユーザーを楽しませるエンターテイメント性にも優れている

クリエイティブ・ディレクターの宗佳広氏は「iPhoneやiPadに直接ペイントして動かすのも面白いとは思うが、らくがきARでは紙に描く際の摩擦や感触を指で感じてほしかった。幼い子どもが落書き帳に描いたぐちゃぐちゃとした線でも丸でも、どんなものでも生き物にしてあげたい」と手描きにこだわった理由を語ります。

  • らくがきARは、Apple Pencilなどを用いて画面に直接描き込む機能はあえて設けず、紙に描いた落書きをスキャンすることにこだわった

らくがきARを使って楽しいと感じたのが、ノートから飛び出した落書きたちのコミカルかつリアルな動き。手や足に相当する部分が巧みに認識され、ちゃんと人間のように手足が動く様子が生き物らしさを感じさせます。これは、人間の骨に相当する「ボーン」と呼ばれる骨組みや関節を落書きのデータに自動で埋め込むことで実現しているとのこと。明確な手足がない魚のような落書きでも生き物っぽく振る舞う様子は、落書きを動かすことに情熱を燃やしていたアプリ開発者の山田純也さんがアプリに秘めた魔法のレシピといえます。

「コロナの子どもたちを楽しませたい」と開発陣が一念発起

2020年8月にリリースしたらくがきARですが、実はプロトタイプは3年前の2017年9月にはできあがっていたそう。しかし、それから3年ほどの間は製品版のリリースに向けた動きはほとんどなく、世に出ることなく埋もれてしまう危機にありました。実は、中心になってアプリ開発を手がけていた山田さんが2017年に亡くなられたのです。

プロトタイプのアプリを正式リリースまで持っていくにはいろいろ手を加える必要があったのですが、プログラムの構造は山田さんだけが知る部分も多く、仲間は頭を悩ませることに。さらに、会社の合併が重なって業務が多忙になったこともあり、らくがきARの開発は後回しになってしまいました。

手つかずの状況が3年ほど続いた2020年、らくがきARのアプリを今こそ仕上げるぞ!という動きが社内で起こりました。きっかけとなったのは新型コロナウイルス。多くの子どもが自宅で過ごさなければならない状況が続くなか、らくがきARがあれば多くの子どもにおうち時間を楽しく過ごしてもらえるのではないか、とメンバーが思い立ち、開発を再開することになったのです。コロナの影響で一部の案件がキャンセルとなり、開発メンバーの時間が空いたことも、アプリ開発を急ピッチで進める追い風となりました。

メンバーが一丸となってらくがきARを完成にこぎつけ、2020年8月にApp Storeで公開されました。いざアプリをリリースして一番に反応したのが、日常的に絵を描いている漫画家やイラストレーターのみなさん。特に、人気マンガ「ワンピース」作者の尾田栄一郎さんがTwitterでらくがきARを紹介したことで火が付き、リリース後わずか5日で46万ダウンロードを達成するほどになりました。

それ以降も、アジア圏を中心に有料アプリのランキング1位を獲得する国や地域が続出し、同時にさまざまな賞も獲得。そして、ついにApple Design Awardsにノミネートされることになったわけです。プロデューサーを務める関賢一さんは「アップルのデザインに対する思いはよく理解しているつもりなので、Apple Design Awardsに選んでもらえたのは本当にうれしい」と語ります。

らくがきARですが、今後はネットワーク経由での対戦機能を盛り込むなどの改良を考えているそう。「落書きを動かしたい」という山田さんの思いや楽しさが形になったこのアプリを通じて、「Rakugaki」という言葉や落書きの楽しさが世界に広まっていくかもしれません。