6月といえば梅雨。ジメジメとした空気を吸いながら、「ああ気候のいい別世界に飛んでいきたい。ついでに眺めも良ければ最高だなぁ」などと思ってしまう。そんな湿っぽくうっとうしい季節に、爽快感あふれるRPG『ゼノブレイド(Xenoblade)』が登場したのが、今から10年前のことだ。

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    『ゼノブレイド ディフィニティブ・エディション』をプレイしてみた。Switch本体のコントローラー色がモナド風なのは偶然です

『ゼノブレイド』は、重厚かつ緻密に作り込まれた世界観や設定、ストーリーが魅力の『ゼノギアス』、『ゼノサーガ』シリーズを生み出したゲームクリエーター・高橋哲哉氏が総監督・原案などを手がけ、開発元であるモノリスソフトと親会社・任天堂の総力を結集して生み出したWii向けRPG。「神様のような、すごく巨大な体の上で人が暮らしていたら面白いんじゃないか」という高橋氏の思いつき(任天堂 「社長が訊く『ゼノブレイド』」より)がキッカケで生まれたゼノブレイドは、さほどゲームを遊ぶ機会のなかった筆者に「あ、ゲームってこんなに面白いんだ」という気づきを与えてくれた、心に残るタイトルのひとつだ。

自然あふれる緑豊かな「巨神」と、メタリックで無機質な「機神」――二柱の神の骸の上に広がる大地を舞台に、魅力的なキャラクターたちが紡ぐ物語、シームレスかつ戦略性の高いバトルシステム、聞く者の心をとらえて離さない名曲の数々。高橋氏がこれまで手がけてきたタイトルよりはいくぶん影をひそめたものの、SFや哲学、宗教の影響をそこかしこに散りばめ、クセはあるが好きな人にはたまらないエッセンスがしっかり息づいている点も見逃せない。2010年6月にこの世に出て以来、RPGの名作のひとつとして語り継がれ、今なお世界中で愛され続けている。

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    オリジナルのWii版『ゼノブレイド』。このディスク一枚にあの広大な世界が入っていたと思うと改めて驚かされる。右下は発売当時の予約購入特典だったサウンドトラックCD

そんなゼノブレイドの発売10周年にあたる2020年、Nintendo Switch向けの『ゼノブレイド ディフィニティブ・エディション』(Xenoblade Definitive Edition)が装いも新たに登場。ストーリーやプレイボリュームはそのままに、グラフィックをHD化し、一部楽曲は新規音源で再収録。さらに、本編の後日譚となる追加ストーリーを加えた“決定版”となっている。

はたして10年前のRPGは、今も楽しめるタイトルに仕上がっているだろうか。発売日の5月29日午前0時、特別セットが届くのを待ちきれずにダウンロード購入(税込6,578円)し、手持ちのSwitchを4Kテレビにつないで、期待に胸を躍らせつつ巨神界にふたたびダイブ。本作の主人公シュルクとともに機神界へ、そして『つながる未来』のその先を目指してみた。

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    特別セット「Xenoblade Definitive Edition Collector's Set」のパッケージ

練られた仕掛けが物語に引き込む

ゼノブレイドをまだ遊んだことがない人に向けて、まずは世界観と登場キャラ、ストーリーをざっくり説明しよう。

『ゼノブレイド』創世神話のプロローグ

「巨神」と「機神」。かつて互いの存亡をかけて争った二柱の神は、壮絶な戦いの果てに骸となり、やがて生命の栄える大地となった。

幾千の月日が過ぎ、人々の生きる巨神界は、機神界の生命体「機神兵」に蹂躙され、存亡の危機に立たされていた。

機神兵に故郷を襲われ、幼馴染の命を奪われた少年シュルク。 未来視の力を持つ神剣「モナド」を手にした彼は、復讐のため、人類と機械が対立し合う壮大な世界へと旅立つ。

主人公のシュルクは、ヒトと同じ姿をした「ホムス」と呼ばれる種族の心優しき少年。「コロニー9」と呼ばれている、巨神下層部の小さな街で暮らしている。あらゆる外敵から街を守る防衛隊に所属する、筋肉質な体躯の熱血漢・ラインや、機神兵の猛攻撃から巨神界を守った“ホムスの英雄”ダンバンの妹で、面倒見が良く活発な美少女・フィオルンと仲が良い。

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    主人公のシュルク。モナドの力の秘密を解き明かすことを夢見ていた彼は、やがてみずからモナドを振るうことになる
    (C)2010-2020 Nintendo / MONOLITHSOFT

ホムスたちの間では、既に骸の大地となった巨神と機神の戦いは伝承として伝え聞かされている程度で、機神兵団の攻撃も最近はおさまっているのですっかり平和な日常を謳歌していた。そんな中、シュルクはかつてダンバンが膨大な数の機神兵を斬り倒し身体を壊すまで振るい続けた、神剣「モナド」に隠された力の秘密を解き明かすことを夢見ていた。モナドは襲い来る機神兵に対抗できるたったひとつの武器だが、扱えるのはダンバンだけ。これを誰でも扱えるようにしなければ、ホムスの未来は危うい。

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    ヒロインのフィオルン。シュルクの幼なじみで、面倒見が良く活発な美少女だ
    (C)2010-2020 Nintendo / MONOLITHSOFT

機神兵の侵攻は、しかし終わってはいなかった。突如、大きな“黒い顔つき”の機神兵が大軍勢をともなってコロニー9を急襲、逃げ惑う人々に次々と襲いかかっていく。戦いの中で、シュルクはダンバンしか扱えないはずだったモナドを軽々と使いこなせることに気付き、さらに“少し先の未来”が見える「未来視(ビジョン)」を身につける。しかし、「黒いフェイス(顔つき)」だけはなぜかモナドで斬り伏せられない。必死の攻撃も通用せず、黒いフェイスはコロニー9を守るために戦ったフィオルンを手に掛け、空の彼方に飛び去っていった。

大切な友人を喪ったシュルクは復讐を心に誓い、神剣モナドを背負ってラインと共にコロニー9から旅立つ。故郷を襲い、フィオルンの命を奪った黒いフェイスを倒すために——。

ゼノブレイドの面白さは、雨の日に初めて手にした長傘を剣に見立てて振りまわしたやんちゃな記憶のある少年少女なら誰でも一度は夢見るような――という冗談はさておき、最初はちっぽけだった少年が“予定調和から外れた異質な剣”を扱えるようになり、いつしか世界の命運を握る大きな存在にまで成長し、仲間と共に大事を成し遂げるまでの過程が実にドラマチックに描かれることだ。

物語は最初、どことなく国産みの神話を思わせる伝承のナレーションから始まるためファンタジーっぽさがあるが、徐々にSF要素が色濃くなり、意外な展開を見せる点も大きな魅力。そして作中に登場するさまざまな組織や勢力にそれぞれ歴史があり、それらを紐解きたいモブキャラたちとクエスト(後述)を介して会話をすることで巨神・機神それぞれに隠された事実が少しづつ浮かび上がってくるのも、見ていて飽きない。世界観の根幹がしっかりしており、それでいて枝葉の部分も面白いのだ。

ネタバレを避けるためにあえてぼかした書き方になることをご容赦願いたいが、プレイヤーは中盤以降、どんでん返しに次ぐどんでん返しにド肝を抜かれ、初見なら「えっ、そんなバカな」と絶句することも一度や二度ではないハズ。何しろ筆者の初プレイ時がそうだった。クリア後、「記憶を消してゼノブレイドを遊びたい」と漏らすプレイヤーが後を絶たない理由がそこにある。

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    シュルクが旅先で出会う、アルヴィースと名乗る青年。謎めいた発言が多い彼が首につけているチョーカーは、オリジナルでは鍵のデザインだったが、Switch版では赤いクリスタルのようなものに変わっている
    (C)2010-2020 Nintendo / MONOLITHSOFT

本作においては、巨神界を構成するエネルギー源「エーテル」が重要な存在のひとつ。シュルクたちがバトル時に操るアーツ(戦闘コマンド)のほか、武器や防具にはめこんでさまざまな追加効果を付与する「ジェム」(クリスタルのようなアイテム)に活用できるなど、ゲームシステム上でもかなりお世話になる代物だが、実は神剣モナドの力の秘密に深く関わっており、さらには機神兵との関わりも物語が進むにつれて明らかになっていく。『ゼノギアス』のセーブポイントしかり、『ゼノサーガ』のU.M.N.しかり、高橋氏が手がける作品はストーリー上の設定をゲームシステムにも反映しつつ、遊ぶ者を驚かせる仕掛けとして機能させるのが実に上手い。

余談だがゼノブレイドのエーテルやジェムは、どことなく『ファイナルファンタジーVII』に出てきたライフストリームやマテリアを思い出させる。オープニングでダンバンらホムスの軍勢と機神兵の大軍がぶつかるエリアも、魔晄炉に似た雰囲気を感じる。開発の経緯から“裏FFVII”とも呼ばれた『ゼノギアス』のいわば遠い親戚にあたる『ゼノブレイド』と、FFVIIを現代風に甦らせた『ファイナルファンタジーVII リメイク』が2020年のほぼ同時期に登場したのは印象的な出来事だ……などといったら、両作のファンに怒られるだろうか。

カッコよく&可愛くなったキャラに心揺さぶられる

RPGの面白さの主な評価ポイントは、ストーリー、キャラクター、バトルシステムの出来が挙げられるだろう。ゼノブレイドはそのすべてでプレイヤーから高く評価され、加えてオープンワールド風の広大なフィールドや、さまざまなやりこみ要素も人気を集めた。ついダラダラとストーリーの面白さを語ってしまったが(それでもまだ冒頭だ)、キャラクターの魅力についても触れておこう。

シュルクは行く先々でさまざまな人と出会い、仲間を得ていく。幼なじみのラインや彼らの保護者として振る舞うダンバンに加え、拠点としていたコロニー6と恋人を失いながらも気丈な性格の持ち主で、万能ライフルを操る衛生兵カルナ。巨神界頭部に一大文明を築くハイエンター族の少女で、エーテルの扱いに長けたメリア。行きがかり上、唐突に“押しつけられた”感は否めないがマスコットみたいな見た目でなかなか憎めないノポン族の勇者リキ。プレイヤーは中盤まで、この6人で物語を進めていくことになる。

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    万能ライフルを操る衛生兵カルナ。拠点としていたコロニー6と恋人を失いながらも気丈に振る舞い、シュルクの旅仲間として加わる
    (C)2010-2020 Nintendo / MONOLITHSOFT

それぞれの抱える痛みを分かち合い、ときにはコミカルに、ときにはシリアスな状況の中でキズナを深め、ひとりひとりにとって最良の未来を意志の力で選び取ることで、彼らは前に進む。機神界からの執拗な攻撃を受け続ける巨神界の状況が彼らの共感度と結束を高めているのだろう、仲間内で負の感情をぶつけ合ったり険悪な関係になることがないので安心して見ていられるし、「君らの仲の良さ、本当にいいな!」と憧れてしまう。もちろん敵役の散り様も見ていてグッとくることが多くて引き込まれる。「このキャラが悪役を引き受けない未来」、「散った後もどこかで落ちのびている未来」を夢想せずにはいられない。

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    ディクソンは、両親のいないシュルクの父親代わりのような存在。“ホムスの英雄”ダンバンだけでなく、ムムカも同じ防衛隊員で戦った仲間だ
    (C)2010-2020 Nintendo / MONOLITHSOFT

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    ムムカ。ダンバンやディクソンと共に、機神兵の軍勢と戦った戦士の一人
    (C)2010-2020 Nintendo / MONOLITHSOFT

劇中で重要な存在であるキズナだが、メニューをのぞくと、プレイヤーが操作できるパーティメンバーの間だけでなく、各地に散らばる様々な種族のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)をも結びつける「キズナグラム」として視覚化されている。どの種族も妙に研究者肌なNPCが多いのが面白い。メインストーリーの進行に合わせて、同じNPCでもプレイ開始時とは異なるセリフが聞けるようになるので、本当にその世界に入り込んだような気分になれるのが楽しい。さまざまなモンスター討伐やお使いといったクエストを受けることで外の世界ともつながっていき、やがて訪れる強敵との戦いに有効活用できるアイテムを報酬として受け取れるようになる。一部のクエストでは、シュルクらプレイアブルキャラの性格に影響し、元々持っている多様なスキルをさらに増やして成長につなげることもできる。

なお、本作でプレイヤーが操作するキャラクターや一部の重要なNPCは、関連作の『ゼノブレイド2』(2017年発売)に近いアニメ調のモデリングに刷新されており、カットシーンやイベント、そしてプレイヤーが一定時間キャラを操作せずに放置しているあいだの待機モーションなどで、今までになかった表情やしぐさを見せてくれる。Wii版の各キャラを見ているとデザインに温かみを感じはするものの「テクスチャ貼ってます」感があり、輪郭線や模様にはギザギザのジャギーが目立つことも。オリジナルから10年を経た今となっては古臭さが残るのは否めないので、今回の改変は素直に歓迎できる。

キャラの新しいモデリングについて、本作の発表時はネット上でもいろいろ話題になっていたようだ。個人的には、ダンバンが仇敵を前に刃を振るう姿や、皇都アカモートでシュルクだけに心の内を聞かせるところなど、思い入れのあるシーンでキャラの表情がより一層説得力をもって描かれていて、心に響いた。豪華声優たちの迫真の名演に新しいビジュアルをプラスしたことで人物のリアリティが高まり、より感情移入しやすくなったといえる。なによりもフィオルンなど女性キャラがぐっと魅力的になり、健気さや強さがにじみ出るシーン、そしてエンディングで威力を発揮し、思わず涙腺が弛んでしまった。よかった。本当によかった(きっとクリア済みのプレイヤーならうなずいていただけるだろう)。

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    仇敵を前に刃を振るうダンバン。数ある名場面の中でも個人的に気に入っているワンシーンが非常に鮮明になって帰ってきた
    (C)2010-2020 Nintendo / MONOLITHSOFT