iPhone 11シリーズのサウンド機能へのこだわりは、Appleのオーディオチームの気概を感じる部分でもある。昨今のディスプレイの進化に目を奪われている間に若干置いていかれた感のあるスピーカーの進化に、より耳を傾けるべきだというメッセージにも聞こえてくる。
しかし、日本で過ごしていると、特に公共の空間ではスピーカーから音を鳴らすことは憚られる。これは何も日本だけの話ではなく、先進国の都市部ではおしなべて同様の状況だ。そこにAirPodsが登場し、爆発的に売れた。iPhoneが1億5000万~2億台売れているなか、AirPodsは7000~8000万台も売れているとの見立てもある(Apple自身は販売台数を公表していない)。
AirPodsを含むAppleのウェアラブル部門は、2019年第3四半期決算においてiPhoneの売上高の低下をカバーし、第3四半期の過去最高の売上高達成にひと役買った。ホリデーシーズンに向けて、引き続き最も注目を集める製品であるAirPodsを含め、ワイヤレス・ウェアラブルオーディオへの取り組みが加速している。
2つの「Pro」モデルの共通点
Appleは10月30日に、新しいウェアラブルオーディオ製品「AirPods Pro」とBeatsブランドの「Solo Pro」の2機種を発売した。それぞれ、既存製品に機能追加を行って「Pro」の名称を付加しているが、重要なポイントとなっているのがH1チップの存在だ。
AirPods Proは、既存のAirPodsよりもドライバー部分を大型化したうえで、新たにシリコン製のイヤーチップを採用。イヤーチップは、3つのサイズからフィットするものを選んで装着できる。操作性はこれまでと同様で、ワイヤレス充電に対応するバッテリーケースに収納する仕組みだ。価格は税別2万7800円。
Solo Proは、Solo3 Wirelessの上位版と位置付けられたオンイヤー型のワイヤレスヘッドフォンで、フレームを折りたたむことで電源のON/OFFができる。こちらの価格は税別2万9800円だ。
これら2つの製品の共通点は、アクティブノイズキャンセリングに対応している点だ。Solo Proでは、これまでのBeatsブランドで展開されてきた「Pure ANC」という名称が用いられている。しかし、テクノロジーとしては、Apple H1ヘッドフォンチップによってサウンドの制御やノイズキャンセリング機能などを実現しているとみられる。
H1のパワーと「マイク」というセンサー活用
Appleは、2019年5月にAirPodsをアップデートした際、新たにH1チップを搭載した。しかし残念ながら、ノイズキャンセリング機能は搭載されず、タップなしで「Hey,Siri」と話しかけられる機能を実現したにすぎなかった。
しかし、H1チップはワイヤレスチップだったW1チップから分かれたことで、オーディオ機能に強いチップへと派生させる方針であると理解できた。そして今回、ワイヤレスヘッドフォンの上位モデルとして登場し、晴れてノイズキャンセリング機能が取り入れられることとなった。
ただし、AirPodsとAirPods Proで、まったく同じチップというわけではないようだ。Webサイトによると、AirPodsには「H1ヘッドフォンチップ」としてあるが、AirPods Proでは「H1ベースのSiP(System in Package)」と表記されており、H1チップを核としたカスタマイズが行われていることを示唆している。
Appleは、AirPods Proのページで「H1チップは10のコアを持つオーディオプロセッサで低遅延を実現した」と説明している。アクティブノイズキャンセリングについても、H1チップが寄与している。
AirPods ProとSolo Proは、外部の音を外側のマイクで拾い、これを打ち消す音によってノイズを除去する仕組みを備えている。AirPodsの第2世代でH1チップを搭載してから、常時Hey Siriを待ち受けるようになり、常にマイクがONの状態となった。ノイズキャンセリングにもマイクを用いるが、いずれにしても常時マイクONの状態を前提とした省電力性を備えていることが分かる。
外部の音を打ち消すだけでなく、耳に聞こえる音に対してのモニタリングも行っている。AirPods ProにもSolo Proにも、イヤーカップの内側にマイクがあり、耳の内側の余計な音を除去する処理も行う。この2つのマイクを用いたノイズキャンセリングは、毎秒200回処理されるという。
同時に、この内側のマイクは、実際に耳の中で再生されて人が聞き取る音をモニタリングし、中音域と低音域を微調整する処理をしているという。さらにAirPods Proでは、シリコンチップのサイズが合っているかどうかのチェックを、Solo Proではフィット感を検出して音漏れの調節を行うという。
おそらく、内側のマイクと外側のマイクの音を比べて、どれだけ音が入り込んでいるかを調べたり、どれだけ外側のマイクに内側の音が聞こえているかを調べる処理を行っている、と想像できる。
「意外と」バッテリーが持つAirPods Pro
AirPods Proの通常時の連続再生時間は5時間と、これまでのAirPodsと同等だ。しかし、マイクを常時使用してオーディオ処理を行うノイズキャンセリング使用時は4.5時間に縮まる。それでも、4時間程度のバッテリー駆動時間が多い各社の完全ワイヤレスヘッドフォンからすれば、必ずしも短い部類とはいえない。驚かされるのは、ノイズキャンセリングOFFのモードと比べて、わずか30分しか短くならない点だ。
というのも、Beats Solo Proはノイズキャンセリング時は22時間の連続再生を誇るが、ノイズキャンセリングをオフにすると40時間まで再生時間が延びる。いかにAirPods Proのノイズキャンセリングが省電力で実現されているかが見て取れる。
AirPods Proに付属する専用のケースはワイヤレス充電に対応し、本体と合わせて24時間の連続再生時間を実現するほか、わずか5分の充電で1時間音楽が聴ける急速充電も行える。
充電まわりでいえば、付属の充電用ケーブルがLightning-USB-Cケーブルに変更されている点も注目できる。iPhone 11 Proの新しい18W充電器や、MacBookシリーズ用の充電器に接続して短時間で充電できるほか、iPhoneを急速充電するための予備のケーブルとして活用できる点もうれしい。
著者プロフィール
松村太郎
1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。