「デスクトップPCの生産において、富士通アイソテックは、オンリーワンといえる状況にあるのか。いまはそれを断言できる状況にはない」――。

富士通アイソテックの西牧正晴社長は厳しい表情で切り出した。

  • 福島県伊達市の富士通アイソテック

■新生・富士通クライアントコンピューティングの挑戦
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FCCLと富士通アイソテックの関係

富士通アイソテックは、富士通の100%出資子会社だ。1995年に富士通製デスクトップPC「DESKPOWER」の生産を開始して以降、長年にわたり、FMVのデスクトップPCを生産。2014年には累計生産2,000万台を達成している。

だが、2018年5月に、富士通クライアントコンピューティング(FCCL)がレノボ傘下に入り、レノボが51%、富士通が44%、日本政策投資銀行が5%の資本構成へと変更。富士通傘下の富士通アイソテックとFCCLとの関係は組織図上、変化することになった。

富士通アイソテックから見れば、デスクトップPCの生産は、以前から受託事業という位置づけではあったが、資本関係という見方をすれば、FCCLとの距離感は若干広がったともいえる。

一方で、FCCLがレノボグループに入ったという観点でみれば、レノボブランドのPCを生産している世界36カ所の生産拠点や、山形県米沢市にあるNECパーソナルコンピュータの米沢事業場でもデスクトップPCを生産している。仕組みの上では、FCCLにとっては、これらと横並びで富士通アイソテックを選択の俎上(そじょう)に乗せることが可能だ。

  • 累計生産2,000万台達成の記念PC

FCCLの齋藤邦彰社長は、「現時点で、FCCLが設計、開発したデスクトップPCを、富士通アイソテック以外で生産することは考えていない」とするが、富士通アイソテックの西牧正晴社長は、「FCCLにとって選択肢が増えたことは事実。我々がやらなくてはならないことは、FCCLの齋藤社長に、数年後に、他の生産拠点を選択させざるを得ないという苦渋の決断をさせないことだ」とする。

生き残りを賭けた「強み」とは

2018年4月に、富士通アイソテックの社長に就任した西牧氏にとって、継続的に富士通ブランドのデスクトップPCの生産を維持するためには、これまで以上に富士通アイソテックの「強み」を伸ばすことが、最初の仕事になる。

では、富士通アイソテックの最大の強みはなにか。

西牧社長は、「柔軟性」、「スピード」、そして「準備力」をあげる。柔軟性は、”需要にあわせた生産変動力”とも表現できるだろう。

富士通アイソテック 製造統括部長の佐藤繁執行役員は、2014年4月に発生したWindows XP延長サポート終了時の増産体制を例にあげながら、富士通アイソテックの柔軟性を示す。

「年間100万台弱というのが、富士通アイソテックの生産規模。だが、2013年度には、過去最高となる120万台のデスクトップPCを生産した。しかも、このとき、需要が本格化していなかった上期の生産台数は約40万台。これに対して、需要が集中した下期には約80万台を生産した」という。

  • 富士通アイソテック 製造統括部長の佐藤繁執行役員

しかも、サーバーの生産拠点でもある富士通アイソテックは、定期便トラックの運行本数でも富士通グループでも最大規模を誇る。最大消費地である首都圏に向けても、迅速に製品を供給できる体制を敷いていたことが、「スピード」面でのメリットを生んだ。

富士通アイソテック 品質保証統括部長の鈴井勤氏は、「部品がなくてもPCを作ることができるのが富士通アイソテック」と、ジョークを交えながら、生産体制について大げさに表現してみせる。だが、上期と下期で2倍もの生産規模を吸収する柔軟性を実現。これだけ短期間に生産量を倍増できる柔軟性は、中国のODMでは実現できない。この実績をみれば、鈴井部長の言葉も、あながち嘘でなく聞こえてしまう。

  • 富士通アイソテック 品質保証統括部長の鈴井勤氏

これによって、富士通のPC事業は、同年度下期も、比較的潤沢にデスクトップPCを供給でき、富士通のシェアを引き上げることができた。富士通がもっともうまく特需を乗り切った背景に、富士通アイソテックの存在があったのは明らかだ。こうした底力が、富士通アイソテックの強みである。

そして、「準備力」という強みも見逃せない。実は、Windows XP特需における増産においても、この「準備力」が生かされている。西牧社長は、「市場の変化を予測し、それに向けて、しっかりと準備をしておけることが富士通アイソテックの特徴。需要が拡大する時期を見越して、多能工を育成し、特需に備えることができた」とする。これから訪れるWindows 7の延長サポート終了に伴う特需への対応もいまから進めているという。

合言葉は「ゴロゴー」

話はやや横道にそれるが、富士通アイソテックには、同社社員のほか、地元である伊達市、近隣の福島市の在住者などが参加する社会人野球チーム「富士通アイソテックベースボールクラブ」がある。福島商業高校で甲子園出場経験がある西牧社長が代表となり、地域密着活動のひとつとして取り組んでいるものだが、いまでは福島県では敵なしの強さを誇り、都市対抗野球の全国大会にも出場している。

その西牧社長が、社員に向けて発している言葉が「ゴロゴー」。野球用語で、バッターが内野にゴロを打ったときに、三塁ランナーは、それを瞬時に判断して、ホームに走り込むといったシーンに使う言葉である。

「コーチの指示を聞いてから動いたり、ボールの行方をしっかり見てから動き出すのではなく、ランナーが瞬時に判断し、チャンスをものにするのがゴロゴー。日々、練習を重ねるとともに、現場での適切な判断が求められる。富士通アイソテックに求められているのは、まさに『ゴロゴー』の精神。柔軟性、スピード、準備力がなければ、ゴロゴーは実現しない」。

Windows XPの特需への柔軟な対応と一気に立ち上げるスピード、そしてそれに向けた準備力は、ゴロゴーの具現化といえる。

だが、西牧社長の冒頭の言葉でも示されるように、柔軟性、スピード、準備力をさらに追求していかない限り、富士通アイソテックはFCCLにとってのオンリーワンにはなれないという危機感を持っている。

「これまでにも危機感はあった。だが、これからは、これまで以上に危機感を持たなくてはならない」と、西牧社長は自らに言い聞かせる。

  • 富士通アイソテックの西牧正晴社長