従来型ヘッドホンとイヤホンとの主な違いの1つは、多様性に対する期待度です。ヘッドホンは主に音楽再生のみを想定して最適化されているのに対し、魅力的なイヤホン・ソリューションは一般に、音楽再生、ストリーミング、WS2(Wireless Synchronized Sound:ワイヤレス同期サウンド)、電話呼び出しの取り扱い、センサとのインタフェースなど複数の機能を果たすことが期待されています。また、ワイヤレスイヤホンは、音声コマンド認識テクノロジを搭載している可能性が高いと考えられます。

イヤホン向け半導体ソリューションは、利用可能なスペースが制限されているため、低消費電力かつ高集積度であることが求められます。また、優れた処理性能と音質や高水準の機能をサポートする多様な特性と機能も実現する必要があります。

市場への出荷や、イヤホンの開発と展開をサポートするための新しい半導体デバイスの1つが、超低消費電力で高性能のオーディオ・プロセッサであるオン・セミコンダクターの「LC823450シリーズ」です。デュアル・コアARM Cortex-M3プロセッサと独自の32ビット DSPコアをベースとするSoCで、1,656KBのSRAMと256KBのROMを内蔵しています。

SoC内の高集積MCUは、全部で6個の10ビットADCと1個のリアルタイム・クロック、さらに3つのeMMC/SDインタフェースを搭載しています。

システムの中心部にあるのは、高分解能オーディオ処理(32ビットと192KHz)を実行可能な「LPDSP32 DSPチップ」をベースとしたオーディオ・エンジンです。このエンジンは、MP3エンコーダと、MP3、WMA、AACの各フォーマットに対応したデコーダを搭載しています。また、オーディオ・エンジンには、低消費電力Class-Dアンプ、ジッタ隠蔽機能を搭載した非対称サンプル・レート・コンバータ(ASRC)、6バンド・イコライザ(EQ)、1個のデジタル・マイクPDMインタフェースなどの多数の専用オーディオ回路も内蔵されています。

図1:低消費電力、高分解オーディオ処理システム「LC823450」のブロック図

LC823450は多数の機能と高集積化を実現しているにもかかわらず、消費電力を維持し、イヤホン・アプリケーションの主要な要求を満足しています。動作速度1MHzあたりの消費電力は代表値で110μWです。その結果、2本のAAA(単4)電池を使用した場合、オーディオ再生時間は120時間を上回ります。これは市場に出回っている他の製品よりも約70%長い時間です。

図2:LC823450は他のLSIよりも70%長い再生時間を実現

このデバイスのXCおよびXDバージョン(5.52mm×5.33mm)は、他のソリューションよりもはるかに小型です。他のソリューションにはオンボードSDRAMを搭載していないものがあることを考慮すると、特にその特徴が際立ちます。

図3:LC823450イヤホンのリファレンス・デザイン

ロイヤリティ・フリーかつライセンス・フリーの高度なDSPコード・ライブラリの多彩な選択肢が利用できるので、設計者はソフトウェア設計を迅速に行い、開発コストを抑えることが可能になります。これらのライブラリには、ノイズ・キャンセルや可変速度再生を行うためのDSPコードも含まれています。

ハイエンド・アプリケーションにはさらなる上位機能を必要とするものもあり、多数のサポート・デバイスが、オン・セミコンダクターのポータブル・オーディオ・アプリケーション向けポートフォリオを補完しています。このようなデバイスの一例が、"常時待ち受けを行っている"「BelaSigna R281」です。このデバイスはユーザーが覚えさせた1つのトリガ・フレーズを検出でき、検出するとウェイクアップ信号をアサートします。この超低消費電力デバイスは、音声コマンドに応答する機器を想定しています。

図4:BelaSignaチップは、LC823450オーディオ・システムに「キー・フレーズ・ウェイクアップ」機能を提供

電力を節約するために、メイン・システム(多くの場合はLC823450ベース)はパワー・ダウン状態にあり、R281は特定のフレーズを待ち受けます。フレーズを検出すると、R281はGPIO経由でウェイクアップ割り込みを送信し、メインLC823450システムは受信を引き継いで音声コマンドをデコードし、それに反応します。

他の多くの市場と同様、明らかに適切なテクノロジの登場がワイヤレスイヤホン市場を実現するための主な推進要因の1つです。高い水準の集積と低消費電力を両立したアプリケーション特化型の専用デバイスが利用可能になった時点で、ワイヤレスイヤホン市場の高い潜在力が開花し、一気に普及が進むでしょう。

著者プロフィール

Kenichi Kiyozaki(清崎 健一)
ON Semiconductor
Analog Solutions Group
Digital & DCDC Division
マーケティングマネージャー

デジタルカメラ用のSoC(System On Chip)開発を経てオーディオ用のSoC開発に従事、デジタルオーディオ向けのハードウェア開発、および製品企画において10年以上の経験を持ち、技術、マーケットの広範囲な知識を有する。ON Semiconductor入社以前は、証券会社のシステム部門で株式などのトレーディングシステムのソフトウェア開発に従事。京都大学の情報工学において学士号を取得。