“ストーリー”と“推薦内容”と“名前”

推薦内容の“良し悪し”とはどういうことだろうか。教会など個々の資産そのものの歴史的価値が高く、きちんとした姿で残っていることが大事なのではないかと、思う方もいるだろう。資産そのものの価値ももちろん大切だが、さらに個々の資産をつなげるストーリーに世界遺産にふさわしい価値があるかということも、大きなポイントになってきている。そのため、登録をめざす自治体などは、専門家の助言を受けながら、世界遺産の資産になりそうな遺跡や建造物の調査や、類似する別の世界遺産などとはどう違った価値があるのか、比較検討し、いかに唯一無二の「普遍的価値」があるものか証明するストーリーをつくることに力を入れている。そしてそれにもっともふさわしい遺産の名前をつけている。

イコモスの存在

世界遺産の登録までには、国からユネスコに推薦書が出された後、イコモスによる審査がある。この審査の勧告内容を踏まえて、世界遺産委員会で正式に可否が決定する流れになっている。記載されるには、このイコモスによる勧告が重要で、登録にふさわしいとされる「記載」から「情報照会」、「記載延期」、登録にふさわしくないとされる「不記載」までの4段階の勧告がある。「情報照会」や「記載延期」から「記載」に転じたケースは近年増加しているが、今まで「記載」の勧告が出たもので、登録されなかったものは1件しかなく、逆に「不記載」で、登録された例もほとんどない。イコモスを納得させる推薦内容に仕上がっているかどうかが登録に向けた天王山なのだ。

2013年に世界文化遺産に登録された富士山

事例1 富士山

今まで登録された世界遺産ではどうだったのか。たとえば、2013年に登録された「富士山」は最初、自然遺産での登録を模索する動きがあったが、自然遺産にふさわしい価値をもってないことがわかり、文化遺産での登録に舵を切った。信仰の山として人々に崇められてきた歴史、その美しい姿から国内外の芸術に与えた影響の大きさ。 富士山のそういった側面が世界遺産にふさわしいと、遺産の名称には、「信仰の対象と芸術の源泉」という言葉が追加された。そして富士山の信仰にかかわる場所や、芸術に影響を与えた富士山の姿が見られる場所など25資産が選定された。しかし「三保松原」について、イコモスは富士山から物理的に遠いという理由からこの資産を除外しての「記載」勧告を出した。だが、最終的には、ユネスコの世界遺産委員会にかけられ、21の委員国の決議によって決まる。富士山の時、三保松原は、この場所から見る美しい富士の姿が芸術に与えた影響や富士山と精神的なつながりがあることを世界遺産委員会で認められ、全資産を含めた「記載」決議に転じた。

事例2 平泉

イコモスから条件が付けられる例は、ほかにもあった。2011年、震災後の被災地に久しぶりの明るいニュースをもたらした平泉の登録。一度「登録延期」となってからの再チャレンジだった。推薦内容をブラッシュアップさせ、「浄土思想」とのつながりがより明確な6つの資産に絞った。しかしイコモスは、1つの資産について、「浄土思想」との直接的な関連性が薄いとその資産を除外して「記載」勧告を出した。結局、5資産で世界遺産に登録された平泉は、除外された遺跡の拡張登録に向け準備を進めている。